全国唯一ここのみ伊邪那美の名を冠した神社。
全国でイザナミのみを単独で祀っているのはここだけです。
神社は道路に向かってでは無く、手前の川に向いて建てられています。
(裏向きという感じ)その先は剣山方向です。
この神社のある舞中島は「オノコロ島」ではないかとも言われています。
穴吹周辺では、結構大きな神社です。
大きな鳥居とお社があり、境内には文政年間の燈籠や、旧社名の十二社の鳥居銘板があります。
丁寧な謂われ文もあります。
神社から西側200㍍先の道路に鳥居が、さらに200㍍先に文化年間の大きな燈籠がありました。
イサナキ様イサナミ様は、第7代アマカミです。
アマカミというのは、神武天皇以前の天皇の呼び名です。
よく、漢字で天神と書いてたりしてますが、その事です。
イサナキ様は、北陸出身、イサナミ様は、ヒタカミ出身です。
本名は、タカヒト様とイサコ様です。
イサナキ様は、アワナギ様の息子で、イサナミ様は、伊勢外宮の豊受大神様(トヨケカミ様)の娘です。
お二人は、日本の初代建国(トコヨクニ)(常世国ではありません)(常世国と書くと中国を模範とする考え方となり、クニノトコタチ様の理想国とは、かけ離れるからです)を再建されるべく、伊勢外宮のトヨケカミ様(豊受大神様)のお力で、第7代アマカミとなられ、お二人で作ったアワウタ48音を全国に歌い広げられたのです。
国中が乱れたのは言葉が乱れたと思ったからです。
だから、共通言語を教えに廻りました。
また、この時代にはいるまえは、稲が不作で、飢餓になっていて、治安が乱れ、暴動も起きていました。
そこで、トヨケカミ様(第5代目タカミムスビ)(豊受大神様)が、稲の豊作にご尽力されたのです。
それにより、伊勢外宮の豊受大神様は、食の神様と讃えられているのです。
そして、イサナキ様イサナミ様は、それぞれの生誕地の中間地点にて、結婚されたのです。
場所は、筑波山山麓イサミヤです。
お二人の使命は、トコヨクニの統治する8代目のアマカミの出産です。
イサミヤで、最初に産まれたのが、ワカヒメ様です。
通称、ヒルコヒメ様です。
イサナキ様イサナミ様は、数え3歳まで、自身で育てられました。
今もヒルコヒメ様の産まれた場所には、神社があります。
それは、歌姫明神です。
お宮には、養父のカナサキ様(スミヨロシ様)(住吉大神様)も祀られています。
ヒルコヒメ様は、イサカワ(現在の桜川)から、船に乗せられ、住之江まで行かれました。
付き人は、イサナキ様の姉のシラヤマヒメ様です。
白山姫様、菊理姫様とも言われています。
ヒルコヒメ様(ワカヒメ様)は、カナサキ様に廣田神社辺りで拾われ、西宮神社にて、将来皇室に戻られてから活躍されるようにカナサキ様から、教育を受けられたのです。
大人になるにつれて、自分が男の子でないばかりに父上母上に悲しませることとなってしまった自分が情けなく思われていたのです。
しかし、カナサキ様に父上母上に会いたい胸の内を話され、クマノミヤで会うこととなったのです。
ヒルコヒメ様(ワカヒメ様)は、イサナミ様のお顔を見ることが出来ずにいました、しかし、ふとワカヒメ様がお顔を上げられるとイサナミ様のお顔は、涙に濡れていたのです。
そこへ、イサナキ様もお出でになり、我が子ヒルコヒメ様の成長と流した申し訳なさが入り交じった想いで胸一杯になりました。
そして、立派になられた我が子を見て皇室に戻ることを進められて、アマテルカミ様(天照大神様)の妹として、戻られたのです。
神話では、ヒルコヒメ様は流されて、どうなったかの話はありませんが、本来はこの様な流れになっています。
妹として戻るのは、世間では、最初の御子が男の子アマテルカミ様(天照大神様)となっているからです。
ですから、ヲシテ文献には、96ヶ月イサナミ様のお腹に居たことにしてあるのです。
8年間ですね。
ワカヒメ様とアマテルカミ様の年の差は五歳となります。
ワカヒメ様を祀っている神社での由緒では、妹として書かれています。
ワカヒメ様(ヒルコヒメ様)は、弟のアマテルカミ様(天照大神様)を下から支えていきました。
だから、「シモテルヒメ様」と言われます。
弟ですが、兄として日本のトップとして、アマテルカミ様としています。
ワカヒメ様(ヒルコヒメ様)の得意な分野は、ワカウタを琴で奏でることと、フトマニによる占いです。
実は、ヲシテ文献のイサナミ様のお腹に96ヶ月いたというのは、もうひとつあり、アワウタが、48音で出来ていることで、表の世界を表し、アワウタの中央のアウワのウの部分を往き来の道により裏の世界に入る48音が存在します。
天の高天原と地の高天原です。
48音+48音で、96音で、宇宙観そのものをアマテルカミ様(天照大神様)は、備えられて産まれたことを示唆しているかもしれません。
アマテルカミ様(天照大神様)は、恵那山で産まれ、シラヤマヒメ様が取り上げられています。
アマテルカミ様のヘソの緒は、オモイカネ様が預かり、恵那山に埋めています。
オモイカネ様は、アマテルカミ様の姉のワカヒメ様と結婚されているので、信頼を置いている重臣です。
長野に阿智村があり、阿智神社がありますが、オモイカネ様が晩年恵那山に埋めてあるヘソの緒を守るためです。
オモイカネ様の本名は、アチヒコ様です。
だから、阿智村といいます。
それにしても、イサナキ様イサナミ様のトコヨクニの再建は、大変なご尽力だと感謝以外の言葉がありません。
By ロックベル。
国道より程近くに鎮座する、竹林に囲まれた、日本特有の神々しい雰囲気を持つ大変美しい神社です。
鳥居前迄、お車で向かう事も出来ます。
又、境内東側には駐車場も有り、御手洗いも設けられています。
お正月の初詣においては、拝殿内に上がり参拝する事が可能でした。
境内南側には山が有り、国道より低い位置に所在する為、日中においても、あまり日の光が届きにくい場所でもありますが、参拝後直ぐに日が差して青空が見えた事が、偶然とは思えない、晴れやかなる瞬間を垣間見た様でした。
今日は お天気も 良く お参りに こさして いただきました 鳥居の手前には 桜が咲いて 出迎えてくれます 鳥居を くぐり 階段の手前には 狛犬様が 二体鎮座されてます 上がって 左に手洗いが あります 明るく 爽やかで 心地よい風が吹き 心が休まる思いがします 参拝後 拝殿の裏にいくと 古い祠が あり それと 引退した 狛犬様かな ひっそりと仲良く😃🍒😃 寄り添って鎮座されてました ほのぼのとした 気分になりました。
十数年前に修理されて綺麗になっています。
常時、神社の人はいません。
手水舎の水は出ませんでした。
でもひっとそりとしていて、落ち着ける場所です。
名前 |
伊射奈美神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.3 |
イチョウの大木があり、落葉すると見事な黄色のじゅうたんになります伊邪那美のミコトの名前の神社は、阿波徳島にしかありません邪馬臺国が阿波だった証のひとつです。