この地を訪問するために対馬に来ました。
山頂まで行くだけなら、軍道があるのでウォーキング感覚です。
軍道から外れると、トレッキングシューズが必須になります。
山頂から一ノ城戸に至る道は、パンフレットどおり急傾斜でした。
パンフレットには、ぐるっとまわると5時間程度かかるとありましたが、3時間程度で行けました。
(47才男性)
頂上からの景色は絶景です。
小さい子供とは、その直前まで登りましたが、そこでもとても綺麗な景色が望めます。
道も、旧日本軍の道が残っており、子供もまっすぐ歩くだけでわかりやすかったです。
秋に行くと、日本の他のエリアでは珍しいダンギクが観察できます。
登山口は車が3台程度しか停められません。
登山口のポストに、パンフレットが入っていました。
道が整備されているので比較的登りやすいです。
山頂付近には旧日本軍の砲台や基地の跡が状態良く残っているので、歴史を感じることが出来ます。
山頂の絶景は、登った甲斐があります。
頂上からも景色は見えますが、山に登り慣れてる方や若い方、怖いの大丈夫なかたは、山頂まだいかれるといいかと思います。
ただし、滑落の危険性があるので、自己責任で!!頂上から、5〜10分ぐらいのちょっと怖い急勾配を登ると山頂です。
対馬のハイライト、時間はショート版、駆け足で1時間半です。
行きは登山口から50-60分帰りは下りなので早く30分。
日没になると、真っ暗になるので日没までに余裕をもって、下山しましょう。
軍道と三ノ城戸方面で分かれ道になっており、時間のない方はショート版の軍道を、余裕がある方はロング版三ノ城戸方面に進まれると良いとおもいます。
金田城での自撮りをアップすると、御朱印がもらえるキャンペーンをされています。
登山口にあるパンフレットや地図、杖の棒はお借りできるので必須です。
命の棒だと思いました。
登山口には、車は最大4台まで駐車できますが4台止まると切り返し難しいので、後ろ向き駐車場にて。
満車の場合は、徒歩5分くらいの手前にも停めれる場所があります。
靴は、登山に向いたトレッキングシューズなどで、足元石や岩でゴツゴツしているので、靴底は硬めがいいとおまいます。
水は、ペットボトル500ml一本で、冬場はいけましたが、夏場は、もっといるかとおもいます。
登山口から20分くらいのところで、休憩スペースがあります。
チョコバーや飴など糖分補給できるものもあると、体力回復できます。
山頂15分までは軽い上り坂と砂利道でとても歩きやすい。
天気が良くて本当によかった。
手軽で登れてこんなに絶景は素晴らしい。
ツアーで来ている高齢者もいた。
駐車場はけっこう狭い。
続日本100名城NO186。
朝鮮式山城で、築城年代は天智天皇6年(667)。
とても城域は広く、時間がかかります。
最強の城にピックアップされていた城でもあり、じっくりと見て回りたいところです。
絶景が見られます。
一時間頑張って歩きましょう!頂上手前にある旧陸軍の施設は、いずれ木々に飲み込まれるのだろう。
カンボジアの遺跡を思い出しながら見学した。
山頂まで約1時間弱城壁が少し残っており山頂近くは旧日本軍の施設が残っている。
続100名城スタンプラリーで訪問。
明治時代に整備された軍道があり歩きやすいです。
石垣は積み直して整備されていますが見る甲斐あり。
山頂には砲台跡があり、対馬の絶景が見られます。
「金田城は、667年に大和朝廷が浅茅湾南岸に突き出した標高276mの城山に築かれた」とされるが違う。
まだ本家の九州王朝があったからだ。
倭国、奴国、邪馬台国、タイ国と言われた国々の総称が九州王朝。
『日本書紀』の神武天皇の所に「歳十五にして太子となる」と書かれている。
皇太子になって、新しい大和朝廷を興したのは本家では無かった事を意味する。
九州王朝は、663年に最後の王だった筑紫野君薩夜麻が主力部隊を率いて白村江の唐・新羅連合軍と戦い大敗。
王は捕らわれて、長安に10年幽閉される。
九州王朝は、700年近くまで年号を持っているので存在して、分家の大和朝廷に併合されている。
大和朝廷は、後備を命ぜられ朝倉にいたから戦っていない。
だから唐に、701年に認知されて文武天皇が大宝元年を作る。
大宝から令和まで年号は続いている。
中国は、認知してない国には年号を作らせてはいない。
大化、朱雀、白鳳などの年号は、九州王朝の年号だ。
大嘗祭は、中央権力者でないと出来なかった。
大和朝廷では、天智天皇や天武天皇、持統天皇もしていない。
天武天皇と持統天皇の孫の文武天皇が初めてしている。
九州王朝を併合して、中央権力者になったからだ。
作った『続日本紀』にも、高天原から連綿と続く王朝と恥ずかしげも無く書いている。
唐の正史、『旧唐書倭国日本伝』には、大和朝廷が九州王朝を併合したことを簡単に書いている。
「日本国は、倭国の別種なり。
中略、倭国の地を併せたり」と。
GO TOトラベルのお蔭で、11月17日の金田城トレッキングに10920円と安くて参加できた。
金田城には日露戦争の時に砲台も作られて、陸軍も要衝と知っていた。
金田城の石垣と砲台跡を見ながら、山頂からの眺めの良さに疲れも吹き飛んだ。
第一観光の添乗員で笑顔で明るい桑野萌々香ちゃんと一緒に登ったのも良かった。
元自衛隊員で、足腰も強かった‼️🤗👍ツタヤホテルに泊り、今日は、万関橋、和多都美神社、鳥帽子岳展望台、万松院を見て13時15分発のジェットフォイルで福岡に帰った。
見たい所は、全部見ることができた。
お土産に美味しい焼酎やまねこ、べにふうき紅茶、藻塩あめ、藻塩等1000円分を貰った。
3000円の地域クーポン券も使い大満足の旅だった。
城跡はグスクっぽい!軍施設跡には砲台跡、弾薬庫跡その上の山頂からの絶景は素晴らしいです!最強の城スペシャルNo.1流石でした!
国特別史跡金田城跡倭は唐、新羅の来襲に備え対馬、壱岐、筑紫国に防人を配し667年に対馬金田城を築いたと日本書紀に記されています。
それから1300年以上の時が流れこの古代山城は史跡として保存整備されていますが最も謎の多い城跡でもあります。
2017年に続日本100名城に選定されました。
【駐車場】登山口に数台あり【登城路】登山口より周遊コース約180分【パンフレット】登山口ポストにあり【注意点】途中悪路あり、特に城山砲台跡〜一ノ城戸までは時間がかかるうえ急傾斜がある悪路です。
必ず登山靴装備でお願いします。
【見どころ】山頂からの景色、城山砲台跡、一ノ城戸、ニノ城戸、三ノ城戸、東南角石塁など#お城 #城 #城郭 #山城#古代山城 #城巡り #長崎県#対馬 #金田城 #続日本100名城。
続100名城のひとつ。
古代山城のひとつで、日露戦争時には軍隊の砲台が建設されていました。
遺構は古代の石垣、礎石、建物跡、そして日露戦争時の砲台と弾薬庫跡など。
石垣はサイズが大きく、見応えがあります。
説明看板も設置されてます。
最も美しいのは、城山頂上からの海の景色。
晴れた日には韓国までうっすら見えるようです。
城山山頂まで徒歩で2.5キロほど。
45分から60分程度でしょうか。
所在する半島を時計回りに歩くと、石垣沿いに、城山、砲台跡、鋸割岩、一の城戸跡、ニの城戸跡、三の城戸跡、東南角石垣と、見どころをひと通り眺めることができます。
およそ3時間かかり、スニーカーでも歩くことができますが、ところどころ急な坂道を下ります。
反対周りだと登り坂がかなり急で、その場合は登山靴の方が良さそうです。
午前中のアクセスがおすすめ。
城跡だけでなく、トレッキングにもよい場所です。
アクセスは登山口まで空港から20分、厳原港から30分程度。
登山口までは狭い道ですが、ほぼ舗装されており、最後の少しだけが未舗装。
公共交通機関見当たらず。
登山口の前に、5台程度の駐車場あり。
その手前にも数台駐車できるスペースがあります。
スタンプは観光情報館など、現地にはありませんのでご注意ください。
You can see wonderful views‼︎ If possible, morning visit is recommended.山頂は大絶景‼︎‼︎ 可能であれば午前中に行かれる事をオススメします☆ 砲台跡から山頂までは直ぐですが、かなりの急斜面で足場が悪い(下りは特に気を付けて!)ですが、登る価値あります‼︎ 烏帽子岳展望台よりも海が近くに感じられます♬※スニーカーでも大丈夫ですが選択に気を付けて ※登山口の駐車場は最大5台分しかありません。
この地を訪問するために対馬に来ました。
城山山頂からの景色はまさに絶景で一見の価値アリです。
1350年前、唐、新羅に対する防衛前線として大和朝廷により金田城が築かれました。
全長2.2㎞に及ぶ石塁に象徴される朝鮮式山城です。
当時、おもに関東から派遣された防人(さきもり)が守備にあたりました。
万葉集の「防人の歌」に故郷を想う心情が記されています。
明治期になって陸軍砲兵部隊が城山に砲台を建造しました。
軍道を整備した際、一部石塁を崩しています。
しかしながら、現在その軍道が遊歩道となり、軽装でも山頂に到達することができます。
逆に言えば、観光地としての整備はほとんどされておらず、案内板や誘導看板は一部にしかありません。
とくに砲台跡から山頂までの徒歩10分は木の根を足場にして登る酷道です。
金田城は、まさに歴史的秘境といった趣き満載の感動スポットです😆
城好きな方にはわかるかも⁉️城跡しかない石垣が丸い石や長方形の石などで複雑‼️その石見て👀👀👀‼️役所に聞いてみたら、当時のままとの事‼️役所の言う通り、一時間位で着くとの話ですが、体力のない方又は、足腰自信ない方は頂上まで行くのが難しいかも知れない‼️案内板もあまり良く分かりにくいです‼️けど、頂上は大人5人でいっぱいになるけど見事な景色が見れます😆😆😆😆😆😆😆‼️‼️‼️城跡全部巡ると思うと1日と思っていいと思います😃‼️👍だって山城だから、休憩は必要‼️後登山靴履いたら安全性の確率上がる‼️
朝鮮半島まで50㌔。ここは長崎県対馬。リアス式海岸の上に隆起する、標高276㍍の山。断崖絶壁の山肌に、石を積み上げて造られた城壁が金田城。登山口から頂上までは、2.4㌔、60分の工程。歩くこと15分、見えて来たのは[石塁]と呼ばれる、石を積み上げて築かれた防御用の壁。まるで万里の長城のように、山の斜面をぐるりと囲んでいます。その長さは、およそ2.2㌔。うっそうとした森の中に築かれた城門。高く石を積み上げ、敵に備えました。自然石を、荒く割り積み上げられた石の壁。最も高い所で、およそ7㍍。探検気分で山を登れると頂上に到着。そこには、息をのむ大パノラマが広がります。このお城、実は飛鳥時代に築かれたお城で、湾の入り口から入って来る敵の船を、監視するのに最適な場所に築かれたお城なんです。天気が良い日に見えるのは朝鮮半島。この城は、飛鳥時代[倭国/ワコク]と呼ばれた日本は、[百済/クダラ]と結び、大陸の強国[唐・心羅/シラギ]の連合軍を相手に戦った[白村江の戦い/663年]。しかし、日本は手痛い敗北をきし、国土が攻撃される危機に直面。そこで、大陸に近く敵の動きを監視できた、この山に城が築かれたのです。百済から渡って来た技術者が、大陸の城造りを伝えました。敵の襲来をさっすると、火や煙をおこし狼煙を上げる、重要なミッションが……!!。狼煙は70㌔ほど南に位置する壱岐に急を知らせる。そして、九州の政治の中心だった[大宰府]へ。更に狼煙は、リレーされ都まで知らせることが出来た、国を守る最前線の城。その後、大陸に平和が訪れると役目を終えた。古代の息吹きに、思いを馳せるオーシャンビュー金田城🏯。ପ(⑅ˊᵕˋ⑅)ଓ#城。
遺構は綺麗に残っていますし、山頂からの景色も素晴らしいです。
しかし、登山路が荒れており分岐も分かりづらいため迷いやすいので注意してください。
城跡の石垣は美しく壮観です~😅山頂まで登るととても眺めがよく満足感があります。
途中まで車で入れますが、その先は徒歩となります。
城跡はすばらしく、おすすめです。
名前 |
金田城跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
関連サイト | |
評価 |
4.5 |
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砲台跡から山頂への道が少し分かりにくかったのてすが、ひっそりと示されていた案内を信じて登ると、絶景が待っていました。
砲台跡〜山頂はドコモ圏内でした。
片道一時間位かかりますが、価値はあります。