名前 |
桜御前の碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
桜御前舊跡の碑(さくらごぜんきゅうせきのひ)所在地 静岡県周智郡森町森129-1訪問日 2022/12/29今から、850年程昔、平安時代末期、左大臣・藤原頼長の娘で宮中一の才色兼備といわれた姫が、後に桜待中納言と呼ばれた藤原成範(しげのり)との間に、高倉天皇の側室となる小督の局(こごうのつぼね)をもうけたが、1159年の平治の乱で敗れた、藤原成範が流罪となった。
姫は、尼となり諸国遍歴の末に、遠州の名刹・蓮華寺を頼り庵を設けた。
それが、ここ、現在の町立森小学校の敷地内であった様だ。
上品な顔立ちで、頭も良かった姫は子供達に好かれ、手習いも教えるようになり地元の人々から「御前様」と呼ばれていたそうです。
いっぽう、中納言は罪が晴れて都に帰り、屋敷を復興して沢山の桜を植えました。
そして、毎年、桜の花を眺めながら桜姫の帰りを待っていたため、「桜待中納言」と呼ばれるようになりました。
そんな事とは露知らず、桜姫は森町でずっと暮らし最後を迎えたそうです。
庵があったとされる、森小の敷地内に石碑が立ち、蓮華寺境内に供養塔が祀られております。