名前 |
有功堤之碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
説明書よりーーー有功堤之牌この石碑は 明治二十六年(一八九三)、従一位勲一等近衛忠熙篆額、権中教祝部宿称生源寺平格撰文、靜岡県知事 従四位勲四等小松原英太郎書による記念碑である。
この有功堤というのは、山脇から諸岡山に繋がる堤防の内、諸岡山の自然堤を利用して仮定(ヒジマガリ)という堤防のつくりによって、そこに一たん水を溜めて水流の勢を弱め下流に流す仕組みの堤防である。
この仕組みの提防が、安政元年(一八五四)に駿河国に大地震が生じ大谷崩れが生じた上に、翌年六月三十日の大洪水によって堤防は決潰して、流域の町村の人々と田畑に多大の害を与えた。
明治七年、稲葉利平が中心となって工役を督し元の堤防に復旧した。
それ以来、一度も水害がなくなった。
明治二十六年十二月に、この堤防と人々の功績を讃えて建立された。
下郷上誌作成委員会。