名前 |
大熊段1号墳 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.0 |
「大隈段1・2号墳」が隣合わせに築造されたのは古墳時代(6世紀後半)です。
湖山池は縄文、弥生時代には日本海に繋がり、湖山池周辺の丘陵や台地には人が集まりました。
食料が豊富で人が一定の場所に住みつきその結果、土地に権力者が誕生しました。
この権力者が亡くなると埋葬をするために(前方後円墳)を築造しました。
「大隈段1・2号墳」は鳥取大学共通教育棟の東側の小高い山上にあります。
20200219 二十四節気の雨水の日、昨日までの積雪が太陽の光を浴びて溶け始めています。
小高い山上に薄く雪が残っています。
もう一つ農学部棟側に(三浦1号墳)があり、これも(前方後円墳)です。
湖山池周辺には当時に30基造られており、そのうち鳥大校内の3基が現存との事です。
人と子犬の足跡が山上の雪の上に残っています。
いずれの古墳とも湖山とは目と鼻の先の距離です。
豊かな土地だったに間違いありません。