岡山県の調査報告によると中世の山城を大幅に改修して...
岡山県の調査報告によると中世の山城を大幅に改修して複合的な連郭式山城に仕立て上げられたと。
堅固な防御施設が確認できた。
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石垣が、残っていたり、井戸もあり。
木々の間から遠くまで、景色が見える所があります❗
城の規模は大きくないが石垣の残存度は素晴らしいです。
石垣がみどころ。
たどり着けなかった。
どこから入ってどう歩けばいいのだろう?身の危険も感じるタイミングもありました。
大手登山道の手前の溺手登山道から登りました。
結構大変でしたが、下りは大手の方だったので結構楽でした。
でも大手の方は橋が壊れていたり溺手登山道よりも道が狭かったですが危険性は低かったです。
溺手登山道の方は行く途中に徳蔵神社があって平成5年に出来たものでしたので結構綺麗でしたし、お社も立派でした。
歴史マニア、城マニアにとっては1度は行きたい場所でしたね。
それに大手登山道では、今まで登ってきた人達の杖?として使っていた枝がありましたので。
僕も置いておきました(使っていた物を)それが一番太かったので安全に行けたのはこれのおかげなのかなと思いました。
歴史、ロマン、仕事の合間に散策出来て良かった。
永禄11年(1568年)宇喜多直家によって金川城の松田氏が滅ぼされ徳倉城も宇喜多氏の手に落ちた 山城にしては珍しい高石垣が見所
名前 |
徳倉城跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.4 |
案内板がある登城口を少し登ると、竹藪が覆い道が無い! こういうのは百近く山城登城経験で初めてだ!仕方なく大手道へ向かい、沢筋を登る。
プラスチックのブロックが階段として設置されていて、石積みよりは滑りずらく水はけが良いので他でも設置してほしい。
尾根筋に来ると長い曲輪があり、次々に小ぶりの曲輪が出てきて山城の趣きが感じられる。
最後の沢筋に来ると小さい井戸跡があり、今もたっぷりの水が溜まっていた。
山城での井戸跡の確認は重要である。
本丸下の石垣群は圧巻であった。
山城でこれ程の石垣群が残っているのは非常に貴重であり、一部崩落が起こっているので何とか整備をしてほしい。