落雷で焼失した准胝観音堂跡地です。
私の足では少し厳しかった。
コロナのせいなのか、参拝客が少なくゆっくり観光が出来ました。
准胝堂跡 - 貞観18年(876年)、聖宝によって如意輪堂と共に創建された。
西国三十三所第11番札所。
1968年(昭和43年)に再建された堂は落雷により2008年(平成20年)8月24日に焼失した。
再建までの間は西国札所は下醍醐の観音堂(大講堂)に仮に移されており、納経も下醍醐だけで行っている。
再建の為の資金集め中との事。
神聖な雰囲気の場所でした。
女人堂から頑張って登った甲斐があります。
上醍醐にある建物はいずれも国宝、重要文化財で一見の価値ありです。
落雷で焼失した准胝観音堂跡地です。
今は、山中に忽然と原が広がるのみです。
上醍醐への入山料は再建につかわれるそうです。
早く再建できるといいですね。
西国巡礼の旅で来ました。
目的である西国札所以外にセット販売される入館料は、辞めて欲しいです。
人それぞれの目的や意味のある場所に行くのに、選択の自由を奪うのは…お導きでしょうか?。
西国札所巡礼旅で出費が多い故に、他の来場者達とは全く違う目的である為、年間を通して使えるとは言え…1500円+駐車場も千円+御朱印+掛け軸+カラーのお御影🙂。
浄財はフリー小銭💰。
西国巡礼だけでもかなり使います。
逆に他を絞って金を使わなくなる効果は高いのではないかと思います。
お土産やスイーツを買わないし、二度と来たくないと思った。
西国札所としては素晴らしい場所でした😊❣️景色も雰囲気も良かった。
拝金主義的な面が強くなっている印象が無ければ、たくさんの人が来そうですね。
西国三十三所巡礼の第十一札所。
平成20年に火事で焼失。
落雷によるものらしい。
再建されずに、どうかこのまま過去の面影を残すものであってほしい。
2017.05.26. 16:45 初来訪上醍醐には 今回3回目の来訪ですが ココには立ち寄らず素通りでした しかし今回は時間をゆっくりと取り ノンビリの散策です准胝堂(ジュンテイドウ)の創建は 平安時代前期の876年トノ事すが 聖宝理源大師が 開山の折醍醐水の辺の 柏の霊木で 准胝観世音菩薩を彫り ソノ柏の木のあった場所に御堂を建てられ コノ場所に有ったと言う事ですそもそも准胝とは 菩薩の一尊で 真言宗では六観音 (聖観音 十一面観音 千手観音 馬頭観音 如意輪観音 准胝観音)の中の准胝観音が 御堂に御安置され 准胝堂と呼ばれましたまた准胝観音は 創建以来 幾度かの火災で焼失と再建を繰り返しました しかしながら2008年(H20年)の早朝の落雷により焼失し ココにあった 西国札所が 大講堂(現 観音堂)に移る事になり 現在は再興を待つ状況です前の来訪では 准胝堂跡が 何の事かも分からず 素通りでしたが 今回は下調べのお陰で 跡地を見ながら 札所が有った頃の 多くの礼拝者が下醍醐から ココ上醍醐までの険しい山道を登り来られた姿が 目に浮かびました❗
焼失以前にここで御朱印をいただいたことがあります。
有一座小的准胝寶塔。
登ってくるには醍醐寺裏の女人堂で入山料700円必要。
1時間弱のコースになるが傾斜きつい。
でも達成感得られます。
五年前に焼失、本尊は醍醐寺にある。
納経は注意!ナビ通り行くと間違う(>
名前 |
准胝堂跡 |
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ジャンル |
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電話番号 |
075-571-0002 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.0 |
西国三十三所をやろうと決めて、醍醐寺にやってきました。
この准胝堂が一番の難所と聞いていました。
真夏に登ったので山寺は慣れている私も死にかけました。
途中、休憩しながらたどり着くと准胝堂が焼けてしまって原っぱになった跡がありました。
早く、再建されるといいですね。