隅田七福神の布袋尊が祀られているので毎年訪れる場所...
弘福寺(淡島寒月旧居跡) / / .
1673年創建。
隅田川七福神(布袋尊)。
立派な山門やお堂が印象的なお寺です。
江戸時代は鳥取藩池田家の菩提寺でした。
関東大震災で罹災し、1933年に再建されました。
境内の祠には石造りの爺像と婆像によってなる「咳の爺婆尊」が祀られており、風邪やインフルエンザの予防を祈願する参拝者が訪れます。
制作した江戸時代の禅僧・風外(ふうがい)の名が「風(邪)の外」に通じるとして、風邪除けのご利益があると信じられるようになりました。
隅田七福神の布袋尊が祀られているので毎年訪れる場所です。
ここにあるおみくじの中に金の布袋様が入っているのでそれを財布などに入れておくといいらしいので毎年引いています。
大吉が出て社務所に行くと福銭がいただけますよ。
淡島寒月は、明治時代の日本の作家、画家、古物収集家です。
父の淡島椿岳は、江戸時代に大流行した軽焼きせんべいの名店「淡島屋」を経営する実業家で大地主でした。
また、知識欲が旺盛で、画を学び、ピアノを買って演奏会を開く趣味人でもありました。
明治17(1884)年、向島の弘福寺地内に隠居所を建てて住みました。
息子の寒月は西鶴再評価のきっかけをつくり、趣味人として、新聞や雑誌に寄稿。
実体験をベースにした小説や江戸にまつわる話などを洒脱なタッチで著わし好評を博しました。
明治26 (1893)年頃、父の使っていた隠居所を梵雲庵と名づけ隠居。
「梵雲庵寒月」と号し、悠々自適な生活に入ります。
夏目漱石の「我が輩は猫である」に水島寒月という学者が登場しますが、モデルは寺田寅彦、名前は寒月から採ったといわれています。
収集家としても有名で、梵雲庵には三千余の玩具と江戸関連の貴重な資料がありましたが、関東大震災ですべて焼失されてしまいました。
名前 |
弘福寺(淡島寒月旧居跡) |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.7 |
隅田川七福神の布袋様があります。
風邪除けのご利益があります。
山門や本堂が立派です。
裏側に回ると牛嶋神社跡の碑があります。
牛嶋神社は言問橋にそばにありますが以前はここにありました。