寺号が本門寺、昔から池上本門寺と呼ばれています。
池上本門寺参拝 幕末池上散歩江戸総攻撃のため本営が置かれた当地では、勝海舟と西郷隆盛の最終会見が行われたことでも有名です。
会見の間と伝えられるあずまやは、奥庭である松濤園内にありましたが、今はなく、記念碑のみが歴史を伝えています!(2021年9月11日参拝)【追加記事】池上本門寺 お会式日蓮宗大本山の池上本門寺に来ました。
宗祖七三四遠忌のお会式(えしき)です。
日蓮上人はここ池上の地において734年前にお隠れになったということで、本日は夜通しの法要が営まれます。
(2015年10月12日参拝)
池上駅から徒歩10分程度の立地です。
1282年10月13日に、日蓮聖人が61歳で入滅された霊跡で、毎年10月11日~13日の三日間、日蓮聖人を偲ぶ法要が行われ、お逮夜にあたる12日の夜は30万人程が参拝するそうです。
池上本門寺は1282年に日蓮聖人が61歳で入滅された霊跡です。
仁王門をくぐり、正面に見える大堂は荘厳かつ、圧倒的存在感で、その壮観さを江戸の人々は『池上の大堂』と称して、これに対し、上野寛永寺を『中堂』増上寺を『小堂』と呼んでいたそうです。
広大な敷地内には加藤清正公が寄進した石段や美しい五重塔・宝塔・鐘塔など見どころ満載です。
御朱印は直書きしてくださいました。
池上本門寺は、大好きな叔母と思い出の場所の一つ。
たしか10月の御会式(おえしき)という日蓮の命日イベント、賑わう池上駅に商魂ならぬ性根たくましい日蓮商人😆、もとい聖人の街…を感じてたっけ。
美人で頭も良すぎる叔母は今で言うアスペルガー⁉️リッチな外資系だし、お小遣い沢山くれるし😛池上に連れて来てくれるのは楽しかったけど、何故か今半で食べず、わざわざ浅草まで戻って食べる変わり者な叔母だったなただ、楽しかったけど、戦国武将加藤清正の作った大階段を登るのが嫌でもないけど、有名な五重塔ではなく多宝塔とかいう真っ赤な塔を見せられるのが子供心に怖くて、高学年になると理由を付けて叔母の誘いを拒否してたっけ。
うちは神道だからって、やんわりママも拒否してたっけまもなく初盆、で久々に行ってみたら東急の駅ビルも綺麗に変わってて驚き。
私には下町イメージないけど、もっと下町くさく距離もっと遠かった駅前…なんだけど、何より大好きな叔母を思い出せて満足。
2024.5山号は長栄山、院号を大国院、寺号が本門寺、昔から池上本門寺と呼ばれています。
また日蓮入滅の霊場として日蓮宗の十四霊蹟寺院のひとつとされ、日蓮宗の七大本山のひとつ(総本山は身延山久遠寺)。
敷地面積は約7万坪あり、それは池上宗仲が、日蓮聖人御入滅の後、法華経の字数(69384)に合わせて約7万坪の寺域を寄進したことによるそうです。
大堂や仁王門は大本山らしくとても大きくて荘厳です。
紀伊徳川家や狩野派の絵師たち、力道山や幸田露伴、初代松本白鸚など多くの著名人の墓もあります。
【霊宝殿(宝物館)】拝観料300円。
歴史があり、徳川家や狩野派の家に支持されたお寺の寺宝を展示されるので、この拝観料は格安です。
【由緒】弘安5年(1282年)9月8日、病身の日蓮は身延山を出て、湯治のために常陸(茨城県)へ向かう。
9月18日に武蔵国池上郷(東京都大田区池上)の池上宗仲の館に到着。
生涯最後の20数日間を過ごすこととなる。
同年同月に、池上氏館の背後の山上に建立された一宇を日蓮が開堂供養し、長栄山本門寺と命名したのが池上本門寺の起源という。
同年10月13日に日蓮が没すると、池上宗仲は法華経の字数(69,384)に合わせて六万九千三八四坪を寺領として寄進し寺院の基礎が築かれ、以来「池上本門寺」と呼びならわされている。
その後は日蓮の弟子・日朗が本門寺を継承した。
池上氏館の居館部分は本門寺西側の谷の一帯にあったと考えられており、現在は、1276年(建治2年)建立された池上氏館内の持仏堂(法華堂)を起源とする本門寺の子院・大坊本行寺の境内となっている。
本門寺は、鎌倉・室町時代を通じて関東武士の庇護を受け、近世に入ってからも加藤清正や紀伊徳川家等諸侯の祈願寺となり栄えた。
江戸時代、不受不施派を奉ずる本門寺は、身池対論を経て久遠寺の傘下に収まった。
第二次世界大戦の空襲によって五重塔、総門、経蔵、宝塔を除く堂宇を焼失したが、戦後順次復興した。
【参拝用駐車場】多数あり。
都内から行く場合、都営地下鉄 浅草線の利用が便利。
ただし泉岳寺駅から京浜急行線へ直通する電車が多いので注意 (この場合、泉岳寺駅で乗換えが必要)。
西馬込駅 南口から徒歩15分くらい。
南口を出たら国道1号線をまっすぐ歩き、馬込中学校前の信号を過ぎると左側に階段があります。
これは「道々め木橋 (どどめきばし)」と呼ばれる都営地下鉄 馬込車両基地の上にかかる池上本門寺へのショートカット。
西馬込駅 方面からだと本殿の方から境内に入ることになります。
まず、重要文化財に指定されている多宝塔へ行ってから、大堂 (だいどう、祖師堂) に参拝するのも良いと思います。
第二次世界大戦中の空襲によって、ほとんどの伽藍を焼失した中、多宝塔と五重塔は焼失を免れ、今に伝わっているもので、多宝塔は日蓮が入滅したおり、荼毘に付された場所に1828年 (文政11年) に建立されたとの事。
五重塔は、江戸幕府 二代将軍 徳川秀忠 (ひでただ) が、1608年 (慶長13年) に寄進したもの。
「ホンモンジゴケ」という、他の植物や苔にとって毒である銅が多い場所でも生育できる、珍しい苔が五重塔の下に生えているとのことで見てきました。
寺社の銅ぶき屋根から、水がしたたるような場所に生えていることが多いそうです。
寒い時期に行ったので、乾燥してパサパサ。
梅雨時などであれば、青々とした綺麗な「ホンモンジゴケ」が見られそう。
日蓮は、病状が悪化したため常陸国の温泉で療養することになり、1282年 (弘安5年) 9月、身延山を出発。
途中、武蔵国 荏原郡にある池上宗仲 (いけがみ むねなか) の屋敷に到着し、同年10月13日にそこで入滅。
池上宗仲は日蓮入滅後、屋敷やその周辺の土地を寄進し、これが池上本門寺の基礎となりました。
日蓮の命日にあわせて、毎年10月11~13日に御会式 (おえしき) が行われ、大変賑わいます。
霊宝殿は通常、日曜日に拝観可能。
拝観料300円。
特別展示があるときは土曜日・祝日の開館もあり。
御朱印と御首題は大堂の中と、その手前にある総合案内所でいただけます (志納料は「お気持ちで」とのこと)。
名前 |
池上本門寺 |
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ジャンル |
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電話番号 |
03-3752-2331 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.3 |
東京都とは思えない独特な雰囲気が好きです。
10月12日のイベント10時30分頃出店準備中です。
空いてるお店もありますが、少なかったです。
11時15分になるとほとんど出店やってます!段差が多くベビーカーでの移動は難しいので、抱っこ紐をおすすめします。