2024.09.12いつまで、見られるかわからない...
見る角度に軍艦さながらの姿に見えてきます。
当時端島で生活していた人の9割以上の方がテレビ、冷蔵庫、洗濯機の三種の神器を所有していたらしく、炭鉱夫の初任給が今のレートで50万くらいだったとか。
高額ではありますが、それだけ命懸けの仕事だったんですね。
2024.09.12いつまで、見られるかわからない。
風化が進み、いつ崩壊してもおかしくない。
上陸し、ガイドの方の説明を聞き、更に、帰りの航路で、島を右回りと、左回りで、2周し、船上からのガイドも興味深いものがありました。
一度は訪れたいと思っていた場所。
まだの方は是非とも。
船観光は場所取りがいのち!こりゃあ大変だあwww席キープできないよ!荷物まとめられてしまうから!ブラックダイヤモンドが1番よいでしょう、、、理由は、金持ちがやってるから。
ガイドさんの説明が丁寧ですよ🤗素敵な観光が出来ました^_^
端島小中学校(70号棟)軍艦島は、その外観から名付けられた通称であるが、正式には端島という。
その北部に位置し、1974年炭鉱閉山とともに閉校された島唯一の学校。
狭い立地環境を苦慮した小中併設の高層校舎で、住宅問題とともに、いち早く都市化に直面した学校建築である。
建設当初は6階建てであったが、後に7階を増築した。
外壁に面する部分の構造梁は、柱スパンを短く低く抑えられており、北面教室の窓は大きく解放感がある。
大正期から連続して建設された近代建築群の中にあって、際立って簡素で美しい。
(某webより引用)
名前 |
端島炭鉱跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.2 |
通称【軍艦島】こと正式名称【端島】は、ぐるり岸壁が島を囲い高い高層アパートが立ち並ぶ外観が戦艦『土佐』に似ていることから軍艦島と呼ばれる炭鉱の島。
1810年に初めて石炭が発見されてから既に200年以上。
当時は草木の無い水成岩の瀬にすぎなかった端島は技術の発展・発達と共に、採掘の際に出た石炭クズで島の周りを埋め立てながら拡張を繰り返して今の形となりました。
軍艦島へは5つあるツアー会社からのみ上陸可能。
たとえ晴れていても風速5m以上波高0.5m以上視程500m以下の場合は上陸不可の気象条件付き。
年間たった60%の確率でしか上陸が叶わない、なんともプレミアムな世界遺産です。
歩いて見学できるのは着岸のドルフィン桟橋から第1から第3までの見学ルート、島の南側に存在する炭鉱跡付近のみ。
あらゆる箇所が崩壊寸前で一面瓦礫状態。
いずれは全て朽ち果て失くなってしまうのかしら。
日に日に崩れゆく世界遺産です。
この貴重な景色をしっかりLIVEで目に焼き付けておかなければ!とても尊い時間、100%感動です。
当時の繁栄した暮らしに思いを馳せながら‥儚く哀愁さえも漂う世界遺産でした。