境内には銅鐘、道満観音堂があり、神仏習合の名残があ...
境内には銅鐘、道満観音堂があり、神仏習合の名残がある。
かつての別当寺は圓通寺であったが、現在は廃寺。
境内には、戸田市指定文化財の最上流和算額,埼玉県指定文化財の美女木八幡社銅鐘,また市指定天然記念物のうばゆりの自生地がある。
しかしながら,和算額は社殿の中にあって観察は難しく,また銅鐘はレプリカ。
うばゆりはその季節にならないと見ることができない。
以下、境内で気になった点の観察情報を記す。
【社号碑】朱塗りの随神門門前にあり。
明和八年十一月健之銘。
「願主 東武紀州家 士 岡田氏信允」とある。
意味はざっくりと言って,願主は紀州家江戸藩邸勤めの武士である岡田信允,くらいのもの。
石碑の形状は角柱型で,天辺に宝珠が乗っている。
裏面に「鶴移山 圓通寺 住 法印 尭範 健之」とあり,これを建てた人物が尭範という僧であることが読み取れる。
また,「是ヨリ二町」との陰刻がある。
この社号碑と圓通寺との間に,二町(約220m)の距離があったのだろう。
圓通寺が美女木八幡宮に併設されていなかったか,社号碑が元々別の位置にあったか、のいずれかと思われる。
さらに側面に当社の由来書きがあった(変体かな混じりの草書体)。
以下,書き起こす。
『翻刻』「當所正八幡宮者(往)昔源頼朝公奥州近?の?此地旅(枕)あり」「夢想尓八幡宮の神勅越感得して鎌(倉)鶴岡遠移し一社越造営し」「八幡宮越鎮登して出陣の勝利を祈る因(み)山越鶴移と名付け亦寺を圓通と号須」なお、()は前後からの推測で読んだもの。
?は解読中。
『置換』「当所正八幡宮は往昔源頼朝公奥州近?の?この地旅枕あり」「夢想に八幡宮の神勅を感得して鎌倉鶴岡を移し一社を造営し」「八幡宮を鎮として出陣の勝利を祈る因み山を鶴移と名付けまた寺を圓通と号す」『私訳』当所の正八幡宮は往昔源頼朝公奥州近□の□,この地で旅枕があった。
(頼朝公は)夢の中で八幡宮のお告げを感得したため,鎌倉鶴岡(八幡宮)を勧請して一社を造営し,八幡宮をおさえとして出陣の勝利を祈った。
これにちなみ(この社寺を)山号を鶴移山圓通寺と名付けた。
こんな所に広い神社があるとは!小さい黒いドングリが東側の入口に沢山落ちていました。
美女木にこんな大きな八幡社があるのは知らなかった。
非常に古そうで鳥居が三ヵ所、狛犬も二つ。
それも古そうな狛犬は子犬がいたり、毬を踏んでいる。
雰囲気良い八幡です。
地元の社、特に特徴は有りませんが❗️
2018/12/10参拝。
回りが宅地で静かな八幡さま。
昔からここの神輿を出して担ぐとこの地区一帯洪水になると言い伝えがある。
源頼朝が奥州征伐の帰路に宿泊したという、歴史ある神社です。
昔は流鏑馬などもやっていたようです。
9月の半ばの日曜日には例大祭として神楽の奉納演舞が毎年行われております。
境内は大きな樹木が生い茂り、心地よい日陰を提供してくれている。
イチョウの巨木が見事です。
狛犬がお社を守っています。
佐々目郷鶴岡八幡宮領の鎌倉時代に建てられた。
建立後、美しい宮女が来て、美女が来た場所と話題になり、美女木になったという説があるらしい・・・。
1900年頃は、神社のすぐ左脇に小さな小学校校舎があった。
参道は、美女木6丁目16番地の北の角まであった。
品陀和氣命と足仲彦尊を主祭神として、氷川神社、山の神社、秋葉社、一目連、稲荷社、三宝荒神、恵比寿大黒天、香取社、鹿島社、御嶽神社が合祀されている。
合祀された全ての神様は、境内社として御宮が分かれているが、名前が消えており、どの御宮に該当するのか判断に困る。
境内社の1つである氷川神社は、昭和29年の荒川堤防工事の際に移設したものであり、元は独立した氷川神社だった。
位置は、道満(東)交差点から道を無視して、真西にまっすぐ進み、彩湖の左岸とぶつかった辺りである。
地名は重瀬である。
道満グリーンパークの住所も重瀬が残っている。
よって、重瀬氷川神社と呼ぶのがふさわしいのではないかと思われる。
社務所の方が亡くなられ、敷地内の時間が止まってしまったようだ。
中を覗くと、御神札や御幣が無い御宮があり、既に詳細不明となっている。
わらび神社の兼務社となっている。
佐々目郷鶴岡八幡宮領の鎌倉時代に建てられた。
建立後、美しい宮女が来て、美女が来た場所と話題になり、美女木になったという説があるらしい・・・。
1900年頃は、神社のすぐ左脇に小さな小学校校舎があった。
参道は、美女木6丁目16番地の北の角まであった。
品陀和氣命と足仲彦尊を主祭神として、氷川神社、山の神社、秋葉社、一目連、稲荷社、三宝荒神、恵比寿大黒天、香取社、鹿島社、御嶽神社が合祀されている。
合祀された全ての神様は、境内社として御宮が分かれているが、名前が消えており、どの御宮に該当するのか判断に困る。
境内社の1つである氷川神社は、昭和29年の荒川堤防工事の際に移設したものであり、元は独立した氷川神社だった。
位置は、道満(東)交差点から道を無視して、真西にまっすぐ進み、彩湖の左岸とぶつかった辺りである。
地名は重瀬である。
道満グリーンパークの住所も重瀬が残っている。
よって、重瀬氷川神社と呼ぶのがふさわしいのではないかと思われる。
社務所の方が亡くなられ、敷地内の時間が止まってしまったようだ。
中を覗くと、御神札や御幣が無い御宮があり、既に詳細不明となっている。
わらび神社の兼務社となっている。
名前 |
美女木八幡社 |
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ジャンル |
|
電話番号 |
048-421-0304 |
住所 |
|
関連サイト | |
評価 |
4.0 |
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鎌倉から大分離れてるここ埼玉県戸田市美女木の土地にも八幡社が存在するのですよ✨源頼朝公も立ち寄られたそうです👀この地に神奈川県より転勤で越してきてもう四年が経過しようとしてますが歴史と絡めて街を散策するとイマジネーションが掻き立てられて面白いです☺️ 美女木と言う地名は確か?古の時代に京都から美人の女官さんが大勢派遣されてそのまま移り住んだらから?とかって?何かの記述で読みました🎵 確かに美人な女性多いですね👍️