歴史あるお寺ですが、敷地は新しく造営されています。
静かで雰囲気のあるお寺でした。
歴史ある寺でとても綺麗。
横に幼稚園がある。
歴史あるお寺ですが、敷地は新しく造営されています。
なので、清潔感とかはありますし、駐車場もとても広くて良いのですが、風格が欠ける様な気がします。
埼玉県の二十景にも選ばれたみたいです。
自分は、もう少し古びたお寺の方が好きかな。
駅から20分位歩きます。
御朱印をいただきに行きましたらお茶とお菓子を用意してくれました。
嬉しかったです。
この辺りの住所、大成町の名前のもとになったお寺。
1426年開山、金子氏の館がそのままお寺になったところだそうです。
先祖のお墓があり、50年以上前にここの幼稚園に通ってました。
思い出の場所です。
住宅地の中にあるお寺さん。
敷地はかなり広く、建物は新しくキレイである。
中はかなり整備されており、このような場所にあるのが不思議な感がするほどである。
寺内を綺麗にして整った歴史有る曹洞宗寺院クチコミ拝見する限りでは入りにくいイメージでしたが、行くと雰囲気、ご住職とも好感を持てました。
この厳しい状況なので気持ちで御朱印代を渡したところ、厄除け祈願タオルを頂きました。
大切に使います。
独特なお顔の御本尊、小栗家墓所等、ご由緒もすごいです。
駅から歩きますが、おすすめです。
静かで清められました。
江戸幕府の官僚・小栗上野介が埋葬されている古刹です。
幕末、外国からの侵略がら日本を守ってくれた若き有能な官僚です。
倒幕勢力を旧体制を覆し日本に夜明をもたらせたと言う人もいますが、かれらはテロリスト集団です。
テロリスト集団から日本を守ったのが小栗上野介をはじめとする江戸幕府の若き官僚達です。
お坊さんの読経がとても良かったです。
静かで緑も多いです。
由緒あるお寺です。
御朱印を頂きました。
住職と奥さんとでしょうか、お二人とも親切な対応をして頂きました。
又、訪れたいと思います。
最近御盆の時は、駐車場でかき氷を振る舞ってたりして、住職がかわり、時代の変遷を感じます。
お寺もサービスの自体ですかね。
2019年お盆最終日お参りに伺ったときには、かき氷ありませんでした。
かなり酷暑の日だったので残念でした。
慶安年中寺領十石の御朱印を附せらる、曹洞宗、上野國白井村雙林寺末、大成山と號す、本尊正観音を安ず、惠心僧都の作なりと云、開山は月江和尚にて、應永三十三年の起立といへり、【本朝高僧傳】云、釋正文月江と號す、嘗て尾の楞と武の普門とを開て第一世となり、寛正四年正月二十二日楞厳寺に於て逝すと、按ずるに岩松氏所蔵應安二年の文書に、足立郡大窪郷云々、普門寺と載たり、是當寺のことにや、されど其年代を推ば、當寺起立とは齟齬せしうへ、普門を寺號とせしなれば、きはめて此寺のこととは云がたし、もしくは當寺當寺應安の頃既に草創ありしを、應永に至りて月江中興せしをもて、此時の起立として高僧傳にもしか記せしにや、又寺號のことは後世改めて院號とせしも知べからず、此餘大久保村近郷に普門と稱する寺院を聞す、彼文書の全文は下大久保村の條に出したれば見るべし、開基は金子駿河守なりと云、永享七年八月廿四日卒し、幼公庵壽居士と謚せし由寺記に載たれど、その事跡はすべて詳ならず、又當境内はかの駿河守の城跡なりともいへり、今も東北の方に、から堀なぞ殘り、住居の跡なる事知らる。
樓門。
釋迦、文殊、普賢、十六羅漢を安。
鐘樓。
元禄二年鑄造の鐘をかく。
白山稲荷辨天合社。
雷電社。
開山月江禅師墓。
文字詳ならず。
開基金子駿河守墓。
是も文字漫滅して詳ならず、永享の二字わづかに讀べし。
【引用:新編武蔵風土記稿】
御朱印を待っている間お茶とお茶菓子を出して頂いてとても感じが良く素晴らしい対応に感謝します。
思った以上に歴史遺産が多い。
先日初めて参拝させて頂きました。
御朱印を頂く為寺務所を探しましたが無かったのでインターホンを必死に探しましたが全然見当たりませんでした。
多分ご不在だったのかもしれません…。
結局御朱印を頂く事が出来なくて残念でした。
大成館跡です。
門前左側に城跡碑が建つのみで、遺構はありません。
名前 |
普門院 |
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ジャンル |
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電話番号 |
048-663-1471 |
住所 |
〒330-0852 埼玉県さいたま市大宮区大成町2丁目402 |
関連サイト | |
評価 |
4.0 |
庭の手入れをしていた女性に案内してもらい無事御朱印いただきましたここで関わったすべての人達がとても丁寧であたたかい対応してくださいました幸せな気持ちで帰りましたありがとうございました。