聖様を祀るために建てられたという言い伝えがある。
戸田市の氏神様の一つである笹目神社。
オートバックスに買い物があったので足を延ばしてお参りさせていただきました。
江戸時代には笹目村の総鎮守として多くの人々からの信仰を集めていたそうです。
鳥居がある入口は狭めですが奥に広い境内で立派な御社がありました。
新大宮バイパス沿いにある神社。
鳥居右手より入れるようになっているので境内に駐車可能。
無人の神社だが境内広く社殿が綺麗。
なにより社頭に掲げられた旗が立派。
元は聖社といったが合祀を期に笹目神社と改名したという。
聖社の祭神がなぜ天照大神とされたのかは不明。
初めて訪問しました戸田市笹目地域に鎮座している神社て広い境内ですが社務所が無く自治体の事務所が有るだけで日にち限定で御朱印以外のお守りなどのは受付ています(詳細は自治会の事務所に確認してください)参拝時の駐車場はありませんので訪問時は交通機関利用をお勧めします。
スーパーオートバックスに寄った時に、車窓から気になっていたので参拝に。
社務所は開いていなかったけれど、境内はとても綺麗に掃除されていて聖域感がちゃんと保たれている。
笹目神社という名称だけれど、昔は聖様(ひじりさま)と呼ばれていてそっちの方がしっくりくる感じ(近くの橋が聖橋と名残りあり)社殿のなかにはカワイイ神馬ちゃまがいらっしゃるので是非拝覧されることをオススメ。
大宮バイパス脇の静かな神社です拝殿の中を覗くと 白馬2体がおりました。
神馬(しんめ)というらしいです。
可愛いかったです。
鐘がありました。
2021年2月、サイクリングの道中にて立ち寄りました。
参拝する人もなく、普段は無人のようです。
神社の裏手には公園があり、一休みさせていただきました。
創建年は不明。
江戸期には聖大権現と呼ばれたため、今でも聖様と呼ばれる事があり、直ぐ近くに架かっている聖橋はその名残。
戸田市指定文化財になっている、神馬が奉納されている。
境内は結構広くて、掃除が行き届きスッキリした印象。
毎年 元旦にお参りに行ってます数年前から参拝者が増えました。
以前は野良猫が何匹も神社内にいましたが全然見なくなりました😑
道路の名前は知っていましたので、立ち寄りましたが誰もいません。
正月は屋台などがあり、人も来るのでしょうね!
鎌倉時代の建立とされるがはっきりしない様です。
江戸時代には「ひじりさま」と呼ばれて、笹目村の総鎮守として、人々の信仰を集めたとあります。
大きなイチョウの木やヒイラギの老木があり、いずれも保護樹木となっています。
神楽殿が見事です。
お祭りの時には神楽奉納があるようです。
神馬(しんめ)は、有形文化財(彫刻)へ指定されています。
佐々目郷鶴岡八幡宮領であった鎌倉時代に、聖様を祀るために建てられたという言い伝えがある。
そばの聖橋がその名残である。
聖橋から南を向いて立つと、180度見渡す限りの田んぼであった。
この田んぼは、南は板橋区立郷土資料館に残されている溜池まで、東は旧中山道まで、西は武蔵野線まで切れ目なく広がっていた。
◆明治40年の合祀政策により、聖様(天照皇大神)を主祭神として、須佐之男尊(津嶋神社)、倉稲魂命(稲荷社)、菅原道真公(天神社)、木花咲耶姫命(浅間社)、面足命・惶根命(第六天社)、伊邪那岐命・速玉男命・事解男命(白山社・熊野社)が合祀された。
戸田市で天照皇大神を大きく祀っているのはここだけである。
旧来の参拝者や氏子たちの信仰の深さは相当なものだったらしい。
◆境内社は白山社のみである。
稲荷社は、早瀬、下笹目山宮、下笹目柳坪の3字を合わせたものである。
山宮稲荷は6丁目交差点西80m付近、柳坪稲荷は西部福祉センターY字路の股辺り、根木橋天神社は堤向橋交差点南西10m付近、早瀬浅間社は早瀬の集落、西原第六天社は笹目7丁目16番地の辺りと思われる。
◆現在の笹目橋の下一帯は、早瀬の集落が位置していた。
今でも、橋の東側で戸田市の境界線が強く飛び出しており、昔はこの先端に早瀬の渡しがあった。
現在、わらび神社の兼務社となっており、御朱印は無い。
名前 |
笹目神社 |
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ジャンル |
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電話番号 |
048-431-2549 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.9 |
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大宮方面へ新大宮バイパスの笹目橋を渡り少しすると左側にある小さな神社。
でも除夜の鐘もあり、お正月はそれなりに賑わう。