小ぢんまりした、居心地の良いホールです。
古賀政男 音楽博物館 / / .
広くてよいところだけど、土日に訪れたせいか駐車場が開いていなかったか、無かったかでバイクを止めるところがなくて困った。
すぐ近くのガード下に駐輪場とバイクパーキングあることがわかったのでそこに入れました。
会場案内にも駐輪場の有無、使用時間の期限とかあればよかった。
だから星3個です。
駅から近いので、見学する移動時間はほぼありません。
コロナ禍であったからか、平日午前中はほぼ貸切状態であったため、ゆったりと眺めることができました。
いたるところで古賀メロディに溢れており、ヘッドホンで音楽をずっと聞いていることも出来ました。
ただ、地下の検索機が故障しているので注意が必要です。
今日(8/16)はこの館内のけやきホールで、若手演歌歌手彩青(りゆうせい)さん(細川たかしさんの門下生)の初ライブがありました。
それはそれは迫力ありました。
歌あり、尺八あり、和太鼓あり、三味線演奏あり。
どれもすばらしかったです。
その前に、館内(有料)2Fと3Fを見学しました。
写真はグーグルマップにのせますので、どうぞご覧下さい。
館内も平日だったせいか、ゆったりまどろみました。
最寄り駅から徒歩5分程で着きました。
便利な立地です。
けやきホールで行われたクラシックコンサートVol.5に行きました。
席は通常の半分に減らしての開催で、ほぼ満席と思います。
普通会場の中央か後ろを選びますが、ソプラノの知り合いが主催者のため 最前列の席で観覧。
ソプラノ、ピアノ、フルート、クラリネット、 秋の音楽に満足。
会場は平成9年のオープンで、以前は古賀政男氏が住まわれていた場所だそうです。
博物館の備品について平成8年に、仕事で設計事務所と打ち合わせしたのを思い出しました。
純正律コンサート、バイオリンu0026ハープu0026筝の調べに五感を整えた時間。
拍手だけ、ブラボーと心で口ずさむ。
とても舞台と客席が一体となれるように感じました。
古賀政男邸が再現されています。
とても趣のある、ステキな場所です。
威厳があります!🎶
綺麗なところで、マイクが素晴らしいこんなとこで、歌えたら最高です。
良い響きです🎵大きさも手頃です。
駅近です。
コンパクトだがステージの音響は良かったです。
流石JASRACの施設。
カラオケ大会に使用してますが音響も良く200人位で歌いやすいホールです😆🎵🎵
古賀メロディーについて調べ物ができます。
音源ライブラリーもあります。
カラオケルームもありますので歌の好きな人ならここで一日潰せます。
70代の母と訪問。
母の世代にはどビンゴなスポット。
私も少しは知ってる曲や歌手の名が…。
自宅やレッスン部屋が再現されており興味深く拝見。
ただ空調が弱く真夏の訪問は扇子が必要。
たまたま来館した時、命日だったので無料で入館出来ました。
外観もそうですが、中も立派な作りになっています。
色々試聴も出来ますし、懐メロ好きには行って損は無いのではないでしょうか。
ここの音響/照明スタッフは他のホールのスタッフと比べると今イチ感が拭えないかも。
そこで?というタイミングで暗転操作(ステマネのキュー出しも悪かったとはいえ)。
舞台の前側(客席寄り)が沈むシステムは斬新かも。
舞台袖が舞台裏通路を兼ねている。
舞台袖入口の防音ドア(ロビーに通じるドア)の開閉音が舞台袖から客席に聞こえてしまう可能性大。
ドアレバーのガチャガチャ音をどうにかしようよ。
ベーゼンドルファー指定の調律師がピアノを滅茶苦茶軽々しく扱っている様に思えてしかたなかった(実際に軽いのかも知れないが)。
山台(平台)を極力使いたがらないホール関係者。
倉庫の床に直置きしてるから、出し入れの労力を惜しむのは分からないでもない。
とは言え金取れるところなのに何故使わせないのか。
リハーサル室のピアノの音色の素晴らしいこと素晴らしいこと。
骨董品の域に達しつつある調律具合。
中途半端なキャパシティ。
年配の方(約60歳以上)には、たまらなく懐かしい気持ちにさせてくれる場所。
ライブラリーのCDが聞き放題。
ビデオもあります😉入館料は必要ですが、格安カラオケボックスもあり👌
一度は行きたかった所でした!
昭和の偉大な作曲家の記念館です。
昔の玄関や応接間、レッスン室等を再現してあります。
楽器類、譜面、写真等展示してあります。
地下にはカラオケも有り、自分の歌がCD. に録音できます。
隣は著作権協会です。
けやきホールはとても響きの良い、小ぢんまりした、居心地の良いホールです。
☆古賀政男1904年〜1978年1904年11月福岡県三潴郡田口村、現福岡県大川市に生まれる。
1910年父・喜太郎永眠。
1912年母親、兄弟たちと仁川に住む長兄・福太郎の元に身を寄せる。
この頃、従兄弟から大正琴をもらう。
1917年京城善隣商業学校に入学。
大阪在住の四兄・久次郎からマンドリンを贈られる。
音楽家への道を志す。
1923年明治大学予科に入学。
マンドリン倶楽部の創設に参加する。
1926年明治大学商学部に進学。
1929年明治大学商学部を卒業。
1930年ビクターから「文のかおり」「影を慕いて」などが発売される。
1931年コロムビアレコードと専属契約を結び、プロの作曲家として歩みはじめる。
「酒は涙か溜息か」が大ヒット。
1934年テイチクレコードに入社。
文芸部を結成。
1936年ビクターから藤山一郎を迎えて「東京ラプソディ」を発売、大ヒットとなる。
1938年音楽親善使節としてアメリカへ向けて旅立つ。
ハワイ、アメリカ、アルゼンチンを訪問。
1939年NBC放送から「酒は涙か溜息か」「丘を越えて」など5曲が世界に向けて15分間にわたって放送される。
再びコロムビアレコードの専属作曲家となる。
1948年「湯の町エレジー」が大ヒット。
戦後も作曲界をリードする。
1959年日本作曲家協会を設立。
初代会長となる。
日本レコード大賞を制定し、運営委員長となる。
1965年「柔」で日本レコード大賞・大賞を受賞。
1966年美空ひばり歌唱による「悲しい酒」が発売。
大ヒットとなる。
1974年平和への願いを込めた『広島平和音楽祭』を開催する。
1978年7月25日 永眠。
没後、音楽家として初めて国民栄誉賞を贈られる。
『古賀メロディー』と呼ばれて親しまれる数々の名曲を作曲。
その作品数は生涯4,000曲を超える。
主な作品 「影を慕いて」 「酒は涙か溜息か」 「丘を越えて」 「サーカスの唄」 「東京ラプソディ」 「人生の並木路」 「人生劇場」 「誰か故郷を想わざる」 「湯の町エレジー」 「無法松の一生」 「柔」 「悲しい酒」
名前 |
古賀政男 音楽博物館 |
---|---|
ジャンル |
|
電話番号 |
03-3460-9051 |
住所 |
|
営業時間 |
[火水木金土日] 10:00~17:00 [月] 定休日 |
関連サイト | |
評価 |
4.0 |
今日は世界博物館の日で、入館料が無料になります。
30分300円のカラオケを1時間楽しんで来ました。
昨年も来ました。