玉砂利が全面に敷かれていて石畳の参道のみを歩くよう...
2024.6.17 PM14:45 ⭕️御朱印あり高田馬場駅が最寄駅になりますが、駅から結構遠いです。
測ったところ徒歩15〜20分くらいかかるのでご注意を。
敷地内は神域を守るためということで、写真や飲食禁止となっています。
そのためか、荘厳な雰囲気があり自然と背筋が伸びる思いで参拝できました。
本殿前には茅の輪潜りがあったので、しっかりと八の字に潜ってきました!駅から少し遠いせいか、時間帯が悪かったのかあまり参拝客はいませんでした。
社務所は本殿左手側にありました。
御朱印はかなり種類があり、通常御朱印も1000円と少しお高めの設定でした。
高田氷川神社を含む三神社御朱印は3枚セットで1000円だったので、こちらはかなりお得な御朱印でした。
忙しい中快く対応くださり、三神社に関する説明も丁寧にしていただけました!他の方に言われているような悪評は特に感じませんでした。
2023年12月24日13:40訪問:貞観年間(859~877)に氷川神社の分霊をしたものと伝えられる。
鎌倉街道沿いにあり、江戸時代は通行が盛んであったという。
境内での写真撮影は禁止となっているので注意が必要。
歴史はあるけど、現代風の神社だよね❗
時間が10時からなので、二度行きました。
御朱印が高いけど3枚もらえます。
色々ありますが、書き置きです。
カラフル御朱印で有名な高田氷川神社。
昨年2月より書き置きのみの提供になっており、なんとなくバリュー低く感じるが、境内の清潔さ手入れの施しはさすが。
この時期は面影橋からの桜が本当に素晴らしく、癒されます!
玉砂利が全面に敷かれていて石畳の参道のみを歩くようになっている。
御水舎もぽんと掌で押すタイプの蛇口で清潔。
よくお参りに行かせていただいております。
境内での撮影禁止とあったので道路から写真を撮りました。
御朱印もゴシック体の印刷しただけの御朱印を3枚組とはいえ1000円で販売、神職の対応も横柄ですべてが上から目線の神社でした。
境内の観察情報を印す鳥居の柱に「石華表一基奉献 武州豊島郡高田邑 氷川大明神社前 寛政二庚戌年正月吉日」「志摩州鳥羽城主 従五位下對馬守稲垣氏源昭央謹識 干時別當南蔵院現住□(号+乕)宥清法師 石工 菱木市兵衛」とある。
石華表は石鳥居のこと。
武州は武蔵国のこと。
志摩州(シマシュウ)鳥羽(トバ)城主 従五位下(ジュゴイゲ) 対馬守(ツシマノカミ) 稲垣氏 源(ミナモトノ) 昭央(テルナカ)によって寛政年間に奉納されたものと分かる。
境内に古い句碑や狛犬等があり、それらは豊島区の指定文化財とされているが、全体的に新しい雰囲気。
創建は貞観年間(859~877)に大宮氷川神社の御分霊を勧請したことに始まるとされます。
鳥居・狛犬・石灯籠・玉垣は豊島区の文化財として登録されています。
有り難く、高田氷川神社/高田姫稲荷神社/目白豊坂稲荷神社の御主題を頂きました。
写真を撮りましたが、境内外からパシャリですので...
境内撮影禁止の看板が鳥居横ににありました。
御朱印はカラーで色々あるみたいです。
皆さんの口コミを見てから行くべきでした。
御朱印については事前に調べて、直に押印していただけるのは午後1時半過ぎから3時ということだったので、ギリギリ3時前に焦って来てみたら曜日や日にちの制限までが書いてあってガッカリ。
インターホンでお呼びすると「ようこそお参りくださいました」とご挨拶は丁寧。
説明を読んでおいてくださいと言われましたが、様々な条件書きがあるので内容を理解しながら読むのが大変で、おろおろしていると「そこの説明に書いてありますよ」と冷ややかな対応。
御朱印は自筆部分も日付も無く、プリントとスタンプだけなのにどれも1枚1000円だと言われ愕然。
ただ参拝の証に、シンプルでも直に書いていただいた有難い御朱印をいただきたいだけなのに悲しくなりました。
御朱印集めをしている人の足元を見た行為だと思い、自分でも驚くほど後を引くトラウマティックな経験でした。
今までたくさんの社寺をお参りしてきましたが、ショックを受けたのは日本橋七福神の1つの松島神社とこちらの高田氷川神社だけです。
心を浄化しようと願って訪れるのですから、気持ち良くお参りさせてください。
クチコミ通り。
もう2度と来ません。
境内での様子は防犯カメラで逐一監視されていますので、気をつけましょう。
東京メトロ副都心線・雑司が谷駅三番出口より徒歩10分。
貞観年間(859年~877年)に旧官幣大社・氷川神社の御分霊を現在の地に奉斎し創建された歴史のある神社。
古くは「山吹の里氷川宮」と呼ばれていたそうです。
雑司が谷七福神巡り(通年)の帰りに偶然発見して参拝させていただくことに。
境内入口から境内は写真撮影禁止との注意書きがありピリッと緊張した空気が流れています。
境内社に高田姫稲荷神社、神明神社、道祖神社などがあり手入れの行き届いた綺麗な場所。
インターフォンにて御朱印をお願いすると注意書きをよく読むように言われてなにやらこちらでもピリッとした雰囲気。
13:30から15時までなら御朱印帳に手書きができるみたいです。
うーん。
色々とトラブルがあり宮司さん嫌な思いをしたんだろうな。
という感じ。
宮司さんの対応と神社の素晴らしさは関係ないからね。
後で口コミ見て皆同じように感じてたんだね。
何気なく立ち寄っただけですが、とても不快な気分になりました。
口コミみてから行くべきでした。
いや、見ていたら行かなかった。
参拝者を不快にさせるような神社って、根本的に間違っているとしか思えない。
皆さんの口コミや評判を読んでいたのである程度構えて参拝をしました。
土日祝日の朝一の10時に行ったのに誰もいない。
受付にも誰もいない。
チャイムを押してもなかなか出てこない。
対応いただく方は不愛想なことが多いらしいので、もう一回押した方がいいのだろうか、待った方がいいのだろうか、と結構、迷った。
続く参拝客が来たら、その時にもう一回押そうかなと決めたが、結局、そのまま2回目のチャイムは押さないでいたら約5分後、インターホン越しに返事があり、対応いただいた・・・。
(いや、聞こえてるならもうちょっと早く対応してほしいな・・・。
ちゃんと10時過ぎてから押したし。
)評判は知っていたので、写真などは撮らず参拝と御朱印(書置き)の拝受だけしましたが、至る所に写真NG等の注意書きがあって、噂通りの嫌な空気感はありました。
書置きは月は書いてあるものですが、日付程度も書き入れなし。
即位関連の特別御朱印(1枚1000円!)もありましたが、素直に3組セット(1,000円)のものだけ受けて帰りました。
色々予備知識を事前に入れていたため、社務所の人に怒られたりとかそういうことは無かったので★1個にはしませんが、こうも殺気立つような注意書きばかり貼ってあると色々萎えるので大甘で★2個ですね・・・。
この神社は、貞観年間(859-877)に「武蔵一宮氷川神社(大宮氷川神社)」から勧請されて創建されたと伝えられていますが、その後、長い間、「山吹の里氷川宮」と呼ばれていたそうです。
この地域には、太田道灌にまつわる「山吹の里」伝説が伝えられており、それがこの名称の由来となったと考えられています。
近くの面影橋の袂には、「山吹の里」の石碑(1686年建立)もあり、東に行くと、「山吹の里公園」もあり、さらに東に行くと、新宿区山吹町となります。
太田道灌は、氷川神社を多く勧請、創建していますし、参拝も重ねていますので、この氷川神社にも戦勝祈願に来たことでしょう。
この神社の東となりにある「南蔵院」は、この神社の別当寺で、面影橋の袂にある「山吹の里」の石碑は、元々、その「南蔵院」の入り口にあったもののようです。
この神社の呼び名も、江戸時代も後期になると、「氷川社」、「氷川大明神」などと呼ばれるようになっていったようです。
御朱印はとてもカラフルだけど、いただける時間が限られている。
「急げども頭を下げよ神の前」と書いてあった!
旧高田町総鎮守、氷川神社。
現在では豊島区高田の全域と目白の大半、雑司が谷の一部と新宿区目白台の一部を氏子地域としています。
境内社の高田姫稲荷神社と、兼務社の目白豊坂稲荷神社との三種類の御朱印が月替わりでいただけます。
いただける時間は限られていますので、昼休みは避けて下さい。
2016年9月より書き置きのみの対応となっていましたが、2017年3月より午後1時半から3時半までの間(5月より3時までに変更)はまた御朱印帳に書いていただけるようになりました。
ただし、以前と違い3つセットで日付はなしのままです。
マナーに厳しい女性の神職さんと男性の神職さんがおり、境内の写真撮影などは禁止となっています。
限定御朱印を始めた頃の神職さんは温厚だったのに、今はこれだけマナーが叫ばれるということは、それだけマナーの悪い人が多いと云うことですので参拝者はもっと気をつけるべきでしょう。
二度と行きたくない。
せっかく行ったしと思って、御朱印をもらってしまったが、後悔しかない。
先に口コミ見てれば、行くのやめてたかな…。
今日のご朱印は三頁ありました。
直接書いて頂けるのは13:30~15:30です。
透明カバーは外して渡しましょう!
名前 |
高田氷川神社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
03-3971-8649 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.3 |
綺麗な神社ですが終日開放ではありません⛩️