長盛の開山により永代島に創建された。
大榮山 永代寺(高野山真言宗) / / / .
深川不動堂の赤い鳥居をくぐって、深川不動堂に向かって歩くと右手に永代寺があります。
今日は第一回深川花手水が開催されていたので伺いました。
10月30日まで素敵な花手水を見る事が出来ます。
深川不動堂の参道沿いにある真言宗のお寺です。
荘厳な佇まい、弘法大師に感謝を伝えることができます。
神仏に見守られ生かされていること、日々、感謝の心の大切さを改めて実感致します。
いつも有難いです。
深川不動尊の本堂に入る前の道にございます。
周辺はお土産さんや飲食店もあり賑やかです。
すぐお寺の場所に気づくでしょう。
深川不動尊のお参りの後に立ち寄りました。
永代寺は寛永元年(1624)長盛の開山により永代島に創建、江戸時代には富岡八幡宮の別当寺、江戸六地蔵の一つとして栄えましたが、明治初年の神仏分離により廃寺となりました。
現在の永代寺は、明治29年に旧永代寺の塔頭の吉祥院が名称を引き継ぎ、再興されたそうです。
御府内八十八ヶ所霊場68番札所です。
江戸時代初期に長盛法印が永代島という小島に建てた寺院。
当時は現在の深川不動堂と深川公園の辺り一帯が永代寺の敷地であった。
江戸中期には成田山詣が流行っていて成田山新勝寺の不動明王像の出開帳が20回以上にわたり行われたが、ほとんどが永代寺で行われた。
因みに隣接する深川不動堂は明治に入って成田山の東京別院を建てる為に永代寺の敷地を譲渡されて建てられた経緯がある。
当の永代寺は明治の神仏分離の煽りを受けて廃寺となったが、明治28年に元の子院であった吉祥院が名跡を引き継いでいる。
最寄り駅の門前仲町駅の「門前」は実は永代寺の門前町からきている。
2020年8月3日 晴れ 永代寺様の写真を投稿させて頂きました。
私にとって記念すべき日に成りました。
仏様、お地蔵様には、いつも感謝の気持ちでいっぱいです。
迷える魂をお救いくださり有りがとうございます。
龍神様(緑色の光)が私達を歓迎してくれました。
御府内八十八ヶ所霊場の札所です。
御朱印を頂きに参拝しました。
1624年に開創。
今は成田山深川不動堂の塔頭の様な居住まいですが、元々は深川不動堂と隣の公園も含めた広大な敷地の寺院で、直ぐ側の富岡八幡宮の別当もしていました。
しかし明治の廃仏毀釈により寺勢が衰えてしまい、永代寺の塔頭であった吉祥院がその名蹟を受け継いで現在の形と相成りました。
正面左側のお地蔵さん?、赤いマスクお似合いでした。
いい表情なんですよね、ちゃんとマスクしなさいと言われてる感じがして。
多くの人は深川不動のついでに参拝していますが、こちらも良いお寺です。
礼拝次第が掲示されているのでどなたでも正しく礼拝できます。
納め不動のついでの参拝です。
お正月の護摩の予約を受付中でした。
お正月は毎年不動堂の元朝護摩なのですが、此方の聖天様の護摩も興味深いですね。
お地蔵様もマスクされていました。
大榮山金剛神院永代寺。
高野山真言宗の寺院。
御本尊は歓喜天。
深川公園辺りは永代寺庭園であったそう。
大江戸線/東西線・門前仲町徒歩🚶5分寛永元年、長盛の開山により永代島に創建された。
江戸時代には富岡八幡宮の別当寺として栄えたが、明治初年の神仏分離により廃寺となり跡地は現在の深川公園や深川不動堂などになっており、深川一帯でも指折りの広大な寺院であった明治29年に旧永代寺の塔頭の吉祥院が名称を引き継ぎ、再興されたのが現在の永代寺である。
当地の地名・門前仲町はこの旧永代寺の門前という事で名付けられた。
*外から吹く風が本堂を抜けとても心が落ち着きます。
☆住職さんとの会話も楽しくためになり時間を忘れてしまいます。
お不動さん 八幡様と流れで参拝その後に清澄白河でコーヒーを飲む最高です。
以前より参拝に伺わせて頂いています。
小さな寺ですが、歴史ある寺です。
近くに行く時は気軽に寄って参拝して行きます。
永代寺は江戸初期に富岡八幡宮の別当寺として創建されました。
永代寺と富岡八幡宮の門前町として栄えた場所が門前仲町です。
かつての永代寺は広い寺域を持っていて、その一つの塔頭の吉祥院が永代寺の寺名を引き継いでいます。
現在の門前仲町では深川不動尊と富岡八幡宮が賑わっています。
永代寺は永代通りから入る深川不動尊の参道沿いの、しかも深川不動尊のすぐ手前にありますから、あたかも永代寺が不動尊の末寺だと勘違いしてしまいそうです。
でも、古いのは永代寺のほうで、江戸時代に同じ真言宗の成田山から不動明王が運ばれて永代寺の境内で開帳される行事が人気になり、明治になってその場所に深川不動尊が創建されました。
江戸御府内八十八ヵ所霊場、江戸六地蔵霊場の参拝でそれぞれお伺いしました。
高野山真言宗のお寺で大栄山金剛神院永代寺といい、御府内霊場第六十八番札所、江戸地蔵霊場第六番札所になります。
御本尊は歓喜天尊になります。
寛永四年に創建された富岡八幡宮を管理する別当の遍照院として建立されたのが永代寺の始まりです。
江戸時代は十一もの塔頭を持つ大寺院であったが、明治初年の神仏分離令により廃寺を余儀なくされ明治二十九年に元塔頭の吉祥院が永代寺の名跡を継ぐことで復興がかなったお寺です。
ここ永代寺の地蔵菩薩は、明治の廃仏毀釈で江戸六地蔵霊場創成期の地蔵菩薩がただ一寺、打ち壊されたため札所(霊場)の御朱印を頂くだけになります。
大江戸線/東西線・門前仲町徒歩🚶5分 寛永元年、長盛の開山により永代島に創建された。
江戸時代には富岡八幡宮の別当寺として栄えたが、明治初年の神仏分離により廃寺となり跡地は現在の深川公園や深川不動堂などになっており、深川一帯でも指折りの広大な寺院であった 明治29年に旧永代寺の塔頭の吉祥院が名称を引き継ぎ、再興されたのが現在の永代寺である。
当地の地名・門前仲町はこの旧永代寺の門前という事で名付けられた。
*外から吹く風が本堂を抜けとても心が落ち着きます。
住職さんとの会話も楽しくためになり時間を忘れてしまいます。
門前仲町駅より向かいました。
駅からすぐ行けます。
御府内八十八箇所霊場68番目のお寺です。
深川不動尊の参道の途中にありました。
参道途中で立ち寄る人もいそうな感じでした。
あいにく、年末の参拝の為御朱印はやっていませんでした。
また時期をみて参拝に行きます。
12/30/2018参拝。
再訪2018/5/29拝受 御府内八十八ヶ所霊場第68番札所と江戸六地蔵第6番の御朱印を重ね印して頂きました。
御住職もお元気そうでした。
2016/9/17拝受 本堂の前に「御用の方は鐘を鳴らして下さい」と小さな鐘が有ります。
奥から御住職がお見えになり「どうぞお上がり下さい」とお声をかけて頂きました。
本堂へ上がると和机に筆を持つ御住職と対座して御府内八十八ヶ所第68番と江戸六地蔵6番の御朱印を書いて頂きました。
正座して御朱印を書いて頂いている時間は身が引き締まる思いでした。
かつては広範な寺領だったのだけど廃仏毀釈の影響をもろに受け窮屈になってしまった。
江戸六地蔵も廃棄されてしまい、とても悲しく、理不尽さを感じる。
色々な時代に流され、やっとこの名前になられて、ひっそりと、しかし存在感あります。
色々なお話を聴くと。
深川不動尊の参道で、永代通りから入ったすぐの所にある。
ひっそりとしてて小さいお寺だけど雰囲気がよい❗綺麗な蓮の花が咲いていた🎵
深川不動尊の参道沿いのコンパクトなお寺です。
明治の廃仏棄釈前は、この一帯はこちらのお寺の所領だったとか。
長い歴史があるお寺らしく、奈良の生駒聖天さま(聖天信仰で一番の有名どころ)の湛海律師が修行してたとのことで、碑もあります。
聖天さまがいらっしゃるお寺だけあって、大香炉が象さんです。
なんだか可愛いです。
本堂の中にて、住職自ら御朱印を書いていただきました🙇 なぜかとても緊張してしまいました🎵
ご府内八十八ヶ所巡りのお寺です。
小さいお寺ですが住職さんが親切で色々と教えてくれます。
名前 |
大榮山 永代寺(高野山真言宗) |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
03-3641-4015 |
住所 |
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評価 |
4.1 |
真言宗大好きです。
深川不動(成田山別院)さんがどえらい混んでたのでお線香モクモクの中お詣りしました。
映画の空海も孔雀王も犬夜叉も溜りません。