日本の小学校は一見建物だけを見ると高度な教育を受け...
昭和26年頃から昭和52年頃まで、鳩森小学校の前に、「月の砂漠」や「お山の杉の子」などの名曲を数多く作曲した、作曲家の佐々木すぐるの邸宅があった。
佐々木すぐるは、昭和41年に他界したが、その妻のよね子や次男の秀綱は昭和47年頃まで、この地に住んでいた。
そして、よね子が昭和50年に他界したあとの昭和52年頃に、秀綱と佐々木すぐるの三男である行綱がこの家を売却した。
私は、佐々木行綱の長子・長男であり、佐々木すぐるの初孫として、親戚の方々を初めとして、まわりの方々に、とても可愛いがっていただいた。
昭和33年生まれの私にとっては、とても想い出深い場所である。
私の母の順子は、行綱の嫁に過ぎなかったが、すぐるやよね子に、とても可愛いがっていただいたようである。
そして、母の弟の卓也も、佐々木家・本家の夕食に呼ばれるなど、佐々木家(すぐるとよね子夫妻) にとてもよくしていただいたようである。
こういったことは、昭和33年生まれの私が、肌で感じていたことなので、確かなことである。
佐々木すぐる・よね子夫妻は、お客様を歓待するのが好きだったので、そのお客様たちからも、「すぐる先生のたった一人のお孫様」ということで、母の順子ともども、とても可愛いがっていただいた。
これらのことは、もう六十年近く前のことであるが、私の心の中には、昨日のことはように、鮮明に残っている。
昭和30年代は、パソコンもスマホもなかったが、心の豊かさという点では、2017年の今日よりも、はるかに豊かで、充実した日々だったように思えてならない。
「モノは豊かになったが心がなくなった。
」とは、昨今よく言われる言葉だが、私もそれを実感するしだいである。
ちなみに、私の場合、幼稚園は原宿三丁目にあった「東郷幼稚園」に、千駄ヶ谷五丁目の停留所からトロリーバスに乗って通園していた。
しかし昭和40年頃に、世田谷区に引っ越してしまったので、鳩森小学校にも外苑中学校にも通っていない。
Good place
名前 |
渋谷区立鳩森小学校 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
03-3352-3780 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.7 |
日本の小学校は一見建物だけを見ると高度な教育を受けているようです(原文)Sekolah Dasar di Jepang sepintas melihat gedungnya saja tampaknya pendidikan yang sudah maju