江戸時代から琵琶の名手・平経正(つねまさ)の墓と信...
琵琶塚清盛塚と小道を挟んで北西に平面形が琵琶の形をした塚があり、琵琶塚と呼ばれ、江戸時代から琵琶の名手・平経正(つねまさ)の墓と信じられていました。
平経正は清盛の弟・経盛(つねもり)の長男で敦盛(あつもり)の兄にあたります。
明治三十五年(1902)有志により琵琶塚の碑が建てられましたが、大正時代の道路拡張の際に、清盛塚と共に現在地に移設されました。
琵琶塚は金閣寺で有名な足利義満が、幼少の頃播磨から京の都に帰る途中立ち寄り、ここからの眺めを大変気に入り、家来に担いで持って帰れと命じた場所です。
当時と現在の場所は、道路建設のため少し移動してるようです。
琵琶塚は金閣寺で有名な足利義満が、幼少の頃播磨から京の都に帰る途中立ち寄り、ここからの眺めを大変気に入り、家来に担いで持って帰れと命じた場所です。
当時と現在の場所は、道路建設のため少し移動してるようです。
清盛塚と小道を挟んで北西に平面形の形をした塚があり、琵琶塚と呼ばれ江戸時代から琵琶の名手・経正の墓と信じられてきました。
名前 |
琵琶塚 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.8 |
■琵琶塚琵琶塚は琵琶塚の石碑。明治35年(1902)建立。
琵琶の形をした古墳が以前は在った。琵琶の名手であった平経正の墓として伝わる。大正12年(1923)神戸市電の道路拡幅工事により石碑だけが当地に移される。今は清盛塚とされる供養塔の十三重塔と並んで在る。