とても静かで雰囲気のいい神社です。
雪深くて神秘的な神社です。
御利益ありますように。
少し奥まったところにありますが、大変雰囲気のある神社です。
台風で本殿の修復が必要なようで、協力金は振り込みでできます。
振り込み用紙が、置かれてました。
どこかに振込先を開示されても良いのかなと思います。
いつか復興する日を祈っております。
御朱印は作り置かれたものを買うスタイルで、いただくことができます。
歴史が古く由緒正しい神社です。
1008年に、あの紫式部が参拝してるみたいです。
本殿は台風の影響?で修繕中でした。
御祭神 彌都波乃賣命 波爾山比賣命境内社 熊野神社(式内社) 熊野久須比命邇岐志神社 大山祇命 邇々藝尊境内のみたらし池は、紫式部が詠って舞ったと伝えられています。
令和元年11月9日参拝拝殿より左側の建物にて御朱印(書置き)拝受しました。
台風により本殿が被害を受けたため、現在復旧工事をされています。
1日も早い復旧をお祈りします。
なお参拝については、社務所に神様が移動されているので、そちらでお参りしました。
2020/4月初旬補修工事の最中のようでした。
波爾布神社はにふじんじゃ滋賀県高島市新旭町饗庭3363祭神波爾山比賣命彌都波能賣神波爾山比賣命は埴安神とも表記され土神です彌都波能賣神は水神です土生(はぶ)大明神土生さんとも称される。
古来、土生大明神と仰がれた式内社で、創建は奈良時代以前に遡ることができる由緒ある神社です。
元々、琵琶湖周辺の各地では雨乞いが行われ、波爾布神社でも同様に祈雨の儀式が行われてきました。
境内からは土馬が出土し、ちょうど罔象女神をお祭りしていることから、丹生川上神社の祈雨の神事との関連が思われます。
波爾布神社(はにふじんじゃ)は、旧饗庭村と旧新儀村の一部を合わせた計17地区の御社で、近世初期に遡る新旭町最古の建築です。
古来高島郡内の大社の一つであり、土生(はぶ)大明神と称されていました。
この地の山や水を神として祀ったのだと思われます。
戦国時代に社禄を失い衰えましたが、後土御門天皇明応5年勅旨により社殿を再建、領地も旧に復しました。
本殿は古式をよく残した、大規模な三間社流造、向拝一間、銅抜茸で建立時代は元和10年(1624)です。
中世の風を伝えた堅実なつくりで、確かな建築技術で建立された遺構といえます。
参拝の道しるべに、落馬石、みたらしの池、境内社に、千年の歴史をもつ式内社熊野神社があります。
式内社 近江國高嶋郡 波尓布神社御祭神 彌都波乃賣(みつはのめ)命 波爾山比賣(はにやすひめのかみ)命奈良時代に、水の神・彌都波乃売命を勧請し、さらに天平十三年、阿波国より土の神・波爾山比賣命を勧請した。
聖武天皇の御代、橘諸兄の崇敬を受け、神輿や神田などの寄進を受け、源義家が奥羽征討を祈願したという。
平安時代までは、高島郡北部の大社として隆盛を極めた。
その後、天下の擾乱によって神領を掠奪され社殿は荒廃したが、江戸時代に社殿が再建された。
とても静かで雰囲気のいい神社です。
小さな神社です 鳥居下の入り口には小川が流れています この水を生活用水として使ったのではないでしょうか? 御祭神のミズハノメノマサコ様はこの地に暮らし 最後を迎えられた実際に生きた女性であったと思います 「正確」な事は 古事記に記載の内容位しか分かりません ですから逆に自由に各地の様々な神社伝承 古文書の1行 碑文その他の【古代の記憶】によって その地に祀られた方が どういう思いで生きてこられたかを想像する事も可能ですね 古代史の楽しみです きっとミズハノメノマサコ様は 琵琶湖対岸の灯りを見ながら かつての生活を思われ 毎日家族の為に祈られたと思います。
名前 |
波爾布神社 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0740-25-3411 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.2 |
2年前の台風で倒れたご神木。
それが本殿の屋根に当たり、一部倒壊。
やっと修復されました。