筑紫山脈の稜線が海に落ちるところ。
筑前国、肥前国の境界として建てられたらものみたいですね。
駐車場もトイレも無いので、長時間の滞在には不便ですが、一見の価値ありです。
--(糸島市HPより引用)-----------------日本最初の全国地図「大日本沿海興地全図」を作成した、伊能忠敬の一行も、文化9年(1812年)にこの場所を訪れており、その時の測量日記の中に古歌として記されております。
「名にし逢う響の灘の白波は 鼓の石におとづるるなり」
包石とは福岡県、佐賀県、長崎県の壱岐・対馬の領土をはっきりさせるために、海岸に石を組んで目印にしたものです。
昔は廃墟があったのですが、廃墟が撤去されたために、広場みたいになり、海岸線が広がる美しい景観を見られます。
交通が悪く鹿家駅からも浜崎駅からも遠いです、駐車場もないので、車の場合は交通を妨げない場所に車を止めてから、包石へ行く必要があります。
©️Squareenix
国道202号沿いの海岸に立つ、頭に丸い大きな岩をのせた奇岩。
形が鼓に似ていることから鼓石が転じて包石となったとか、大石が小石を包みこんでいるからだとか、名前の由来は諸説あります。
(糸島観光協会より)糸島市と唐津市のちょうど県境にあり、筑前国と肥前国、福岡藩と唐津藩など、昔からここが国境となってきたことが様々な時代の記録に残されています。
幼少の頃父の車で久留米から遠乗りして行った思い出の地。
昔は廃墟が立っていましたが、取り壊され草原に整備されています。
欲を言えばそこを駐車場にして欲しかったな。
真夏の青空を映した海は美しく、水はきれいで離れた海底の岩も見えてました。
シンボルの巨岩も補強されたようす。
何故?理解不能な石積み(笑)伊能忠敬の測量調査時に・・であればなおさら。
近くに七郎神社も刀をお詣りして・・・之も不思議です。
筑紫山脈の稜線が海に落ちるところ。
花崗岩。
上天草の団子石は砂岩で、揚子江が運んできたそうだ。
砂岩のほうが珍しい。
絶妙なバランスですね〜
県境の目印みたいです。
台風で、1回崩れたみたいです。
不思議な石です~
気になったので立ち寄ってみました。
駐車場が無いので側道に車を止めて海岸まで下りて行きました。
広い空き地があるので駐車場にすればいいのに!と思います。
実際に岩を見るとたぶん人工物だろうな?と言うのが率直な感想です。
包石の由来も刻まれています。
福岡県二丈地区の海岸に、ちょこんと佇む不思議な岩。
遠い昔には、もう一つ大きな岩がてっぺんに乗っていたらしい。
誰が何のために積んだのだろうか?
糸島市観光協会によると、「糸島市と唐津市のちょうど県境にあり、筑前国と肥前国、福岡藩と唐津藩など、昔からここが国境となってきた」とのことです。
また、「伊能忠敬が全国の測量を行った際にもここに立ち寄り、測量日記にも古歌と併せて記されるなど、歴史的価値の高い史跡となっています。
」とのことです。
駐車場が無いため、車で行かれる方はご注意下さい。
名前 |
包石 |
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ジャンル |
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住所 |
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営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
評価 |
4.0 |
包石と書いて「つつみいし」とくに案内も駐車場もなく、知る人ぞ知るといったスポット。
ナビでもなければつい素通りしてしまう。
波に洗われ複雑な形に削られた岩の上に人為的に積み上げられたと思われる岩は意外と歴史が古い。
歌碑によると天正十六年、室町時代の終わった年、ここを筑前と肥前の境界と定める協定が結ばれた。
後に伊能忠敬もここを訪れ、測量日記に以下の歌を残した、とのこと。
名にし逢う 響の灘の白波は鼓の石に おとづるるなり。