水戸藩の藩学者藤田東湖が生まれた場所。
水戸市指定文化財『藤田東湖生誕の地』...現在は藤田東湖の産湯の井戸跡、藤田東湖像、生誕の地であることを記した石碑しかありませんが、この地は寛政8年(1796)に父、藤田幽谷の代に水戸藩から与えられた屋敷地で、敷地内には私塾青藍舎があり、父から学問を受けて成長し、また江戸へ出て剣術や槍術の修行なども積んでいました。
藤田東湖はのちに水戸藩第九代藩主徳川斉昭の側用人として藩政の改革に尽力し、また「弘道館記」の草案を書き「弘道館記述義」等を著して藩校弘道館の創設に大きな足跡を残しました。
水戸藩の藩学者藤田東湖が生まれた場所。
生湯の井戸、藤田東湖像、石碑、説明文が設置されている。
水戸の台地から千波湖に降りる途中にある。
水戸の中心部から千波湖に抜ける途中にポツンと、藤田東湖の石像、石碑、井戸跡が遺されています。
観光名所ではありませんが、水戸の散策で古地図(水戸駅の観光案内所で100円で買えます)を片手に立ち寄ってはいかがでしょう。
それから常磐神社・偕楽園・歴史館と廻るのは面白いですよ。
藤田東湖の生家があった場所です、子孫の方が水戸市に寄付してくれた貴重な場所です。
以前は「みと好文カレッジ」がありましたが、今は、ただの駐車場として利用になってしまっています。
せっかく藤田家から寄贈されたのですから、「みと好文カレッジ」を再建築として、市民向けの生涯学習・歴史・文化などを学んだり利用したりすることのできる施設としての利用を再考いただき、もっと有効活用して頂きたいです。
水戸学の幽谷先生の子で、天狗党首領格小四郎の父ですね。
この地は確かに名前のとおり、千波湖を東に望む場所でした。
駅から徒歩で10分前後のところにある。
烈公を助けて藩政改革を行ったり、弘道館記の草案を書いたりした水戸ゆかりのお方。
かつて公民館がありました。
今はご覧のような駐車場です。
見学者用ではなさそうです。
通行量が多いので、車では無理かも。
駅から徒歩では少し遠いでしょう。
名前 |
藤田東湖 誕生の地 |
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ジャンル |
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電話番号 |
029-224-1111 |
住所 |
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評価 |
3.5 |
藤田東湖の全身像と産湯の井戸跡があります。
案内板あり。