遠州四十九薬師霊場の第二十三番目です。
天林寺(曹洞宗 真徳山 天林寺) / / / .
お線香とお花が買えます。
手ぶらでいっても御参り出来ます。
トイレは本堂を入って右の事務所の方に声をかけてから使用しましょう。
境内にお花屋さんが有ります。
お線香も売っていて、事前に用意しなくてもいいので、助かります。
元旦も、日曜日も祝日もやっています。
お休みだったことがないので、年中無休かもです。
浜松の人なら誰もが知る市役所から飛竜街道を北に進む経路で下池川の交差点を北に進むと道が高台をぶった切って通る。
その高台の両脇。
東側が寺院、西が墓地。
歴史的、文化的価値満載の寺院ではあるが、個人的興味はその地形。
高台は三方原台地の終わりなのだが、この付近ではここだけ東に突き抜けている。
南に流れる新川沿いの東照宮も高台だが、寺と東照宮の中間に位置する下池川交差点付近は低地。
交差点を西に登れば、徳川が武田軍に一矢報いた犀ヶ崖古戦場があり、相当な規模の谷があったとされる。
その谷の流路がこの寺の南辺りなのかな?と犀ヶ崖のボランティアガイドさんと話し合った事があった。
ちょっとブラタモリ気分な話でした。
お墓参りです‼️
ゆったりとしていつも綺麗 神聖な感じ。
一番の印象はとてつもなく広い駐車場です。
天林寺(真徳山天林寺)普済寺を開創した葦蔵義曇禅師の法嗣、傑堂義俊禅師が、文安2年(1445)22歳の時、引間城の麗(現天林寺より南)に亀鶴山万蔵院を開いたのが、天林寺の始り。
天林寺は普済寺を本寺と仰ぎ、他の法嗣である13寺の住職とともに「輪住制」により、普済寺の住職を順番に兼ねることが、明治5年に廃止されるまで続いたという。
山門や鐘楼は素晴らしい、本堂も劣らず見応えがありました。
坂を登り高台に構える山門と、本堂がありその前にはとにかく広い駐車場🅿がありました。
又山門と鐘楼は重厚感あふれた歴史を物語っています。
曹洞宗 浜松13派のうちの1寺 詳しいことを知りたいです 今日は本堂から山門をのぞみ桜が8割か9割咲いていました 明日 4/8は花祭り 天上天下唯我独尊 合掌。
由緒正しいこの天林寺。
お経と読経には瞑想をしている感じでした。
市役所迄500mの立地にあり、古き良き雰囲気が漂っています。
付き合いで 寺に日本舞踊を見に行ってきましたふるい建物で素晴らし寺ですしかし 管理があまり良くありませんもう少し 美に感心を持って頂ければ心が落ち着く素晴らしい場所です。
毎朝6時の鐘は、優しく時間を教えてくれます。
住職さんは親切な方です。
御朱印をいただきました。
本堂奥におられる観音様はリアルに人間っぽい。
毎朝6時の鐘は、優しく時間を教えてくれます。
住職さんは親切な方です。
御朱印をいただきました。
本堂奥におられる観音様はリアルに人間っぽい。
遠州四十九薬師霊場の第二十三番目です。
新撰組・中島登氏の墓碑があるそうですが、私は知りませんでした…
浜松市中区下池川町の〔天林寺〕鐘楼の近くに正岡子規の句碑がある。
馬通る三方が原や時鳥。
武石弘三郎1934岩田立山銅像、中島東洋1940宮本甚七像→戦時供出。
名前 |
天林寺(曹洞宗 真徳山 天林寺) |
---|---|
ジャンル |
/ |
電話番号 |
053-471-6226 |
住所 |
|
関連サイト | |
評価 |
4.3 |
真徳山 天林寺は、普済寺で修行した傑堂義俊(けつどうぎしゅん)禅師が、現在の地から数百m南に開創した「亀鶴山万蔵院」を起源とする、普済寺十三門派十四ヶ寺に列する曹洞宗寺院です。
立派な総ケヤキ造りの総門、浜松市内でも最大級の本堂、広大な境内が印象的です。
御本尊は釈迦牟尼仏で、遠江四十九薬師霊場の第二十三番札所でもあります。
その後傑堂義俊禅師は、さらに布教のため渥美半島先端の伊良湖岬に近い地に「常光寺」を開きました。
楼門西の築山にある正岡子規の句碑をはじめ、頌徳碑や文学碑も多く、広い境内を散歩するだけでも楽しめます。
三方ヶ原の合戦から敗走する家康が、天林寺経由で八幡宮に逃げ、大楠の中に隠れたとの話も伝わっています。