大日堂dainichi dou天台宗。
大日堂 仁王門(普明寺) / / .
樹齢800年と言われる、フジの花の側にしっかりとした構えの大きな門です。
二体の仁王像が入口を護るかのように左右に立ってます。
大日参拝者が通るはずだった仁王門。
仁王像は立派ですが、公園に取り残させた感が‥。
昔良く見た、見ずらい金網が入れられていて仁王像はうまく撮れないです。
仁王門の左右にはヒノキ材寄木造りの金剛力士像が安置されています。
この像は『新編武蔵風土記稿』に「鎌倉仏師運慶の作」と記されていましたが、昭和50年から52年にかけて行われた解体修理の際に見つかった胎内の墨書銘から、鎌倉幕府の御家人で地頭職にあった谷慈孫三郎菅原重光が施主となり、正和3年(1314)に阿形像を仏師肥前房が、正和4年(1315)に吽形像を仏師備前□が制作したことが分かりました。
大日堂dainichi dou天台宗。
17c半ば元禄年間の大日堂仁王門、寺宝釈迦如来坐像、阿弥陀如来坐像があります。
天暦6年(952年)の多摩川洪水の際、中州に流れついた大日如来の木像を大神の浄土にあった浄土寺に安置していたが、滝山城築城の折に鬼門除けとして、この地に移したと伝えられている。
日原村の日原鍾乳洞に安置されていた大日如来像が洪水で多摩川に流され玉川花井の島(多摩川の中州)に流れ着き、村人たちがお堂を建てて像を拝むようになったことが拝島という名前の由来と言い伝えられています。
朝八時でも門が開いてない。
名前 |
大日堂 仁王門(普明寺) |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
関連サイト | |
評価 |
3.9 |
先ずはご挨拶を。