鉢形城城主・北条氏邦正室の大福御前。
大福御前自刃の地記念碑 / / .
鉢形城城主・北条氏邦正室の大福御前。
資料によると、鉢形城は天正18年(1590年)に、豊臣秀吉の関東平定で攻め込まれましたが3ヶ月間籠城の末、多勢に無勢の北条軍の農民たちのために、氏邦は開城を決意し、農民たちの助命と引き換えに切腹しようとしたところ、豊臣軍の前田利家預かりとなり金沢へ移りました。
大福御前は正龍寺に残り、千日法要結願日に当寺で自刃しました。
後に氏邦は金沢で亡くなり、遺骨が正龍寺に運ばれて葬られました。
とあります。
この記念碑がある場所は、正龍寺からちょっと離れていて、正龍寺の門下、右手の石垣の所に案内札が立っていて、右へ行って突き当りを右へ曲がって道なりとありますが、あまり的を得ていません。
正龍寺門前から東南に120m位下ったところで、ソーラーパネル畑の脇の民家との境のあぜ道を入った所にあり、栗林の様なところの淵に建っています(駐車不可で、正龍寺から歩いた方が良い)。
名前 |
大福御前自刃の地記念碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.0 |
正龍寺のすぐ近くにある北条氏邦正室の大福御前の自刃の地の記念碑。