南側の参道は狭いので車で行く場合は運転に注意が必要...
初詣も密を避けてるのかな少ないな。
癒やされます。
2月の厄除けで訪れました。
南側の参道は狭いので車で行く場合は運転に注意が必要です。
南側に参拝客用駐車場があります。
地域の神社ですが手入れも行き届いており気持ちよく参拝できます。
中に古墳もあり歴史ファンには興味深い神社です。
拝殿には二つの社紋(三つ巴、梅鉢)が並んでいます。
一般的に「三つ巴」は八幡神社によくある紋で、「梅鉢」は菅原道真の天満神社を表します。
こちらの神社も八幡大神と菅原道真が祀られていますが、さらにもう一柱、「藤原貞国」なる人物が祀られており、三柱の祭神となっています。
藤原貞国は伝説のヒーローです。
奈良時代の764年、新羅が2万隻の船で攻めてきて家島を占拠しましたが、朝廷から将軍に任命された貞国は、大風にも助けられて新羅軍を打ち負かしました。
朝廷は褒美として彼を西播磨の揖保・飾磨・赤穂・佐用・宍粟の5郡の長官に任命し、貞国は太子町太田の楯鼓原(たてつづみはら)に住みました。
没後、貞国は黒岡明神として祀られたとのことです。
地元の神社。
駐車場も広いです。
車のお祓いもしていただけます。
僕が初めて神隠しにあった場所です。
天平宝字8年(764)、攻め込んできた新羅の軍を討伐した藤原貞国が祀られています。
また、境内に古墳があるという珍しい神社です。
趣のある神社です。
境内も広いです。
また境内の中に古墳もあります。
近くに駐車場もあります。
八幡大神、黒岡明神、天神の三柱の御祭神を祀る。
八幡大神(誉田別命) 神功皇后が、三韓征伐より御還啓の御時、当国萩原の浦に御上陸され、この岡に登られ兵を集めて評議なされた。
昔は評議することを「ことあげ」と言い、黒岡というのは「ことあげ」の訛であると『播磨風土記』に見える。
黒岡明神(藤原貞國)天平宝字八甲辰年(764)、新羅の軍船が家島の高島に攻めて来た。
そのとき、朝廷から的(いくは)の姓を賜っていた鉄の楯をも射通す弓の達人 貞國に将軍の宣下、貞國が天津神を黒岡山に勧請され異賊退治を祈誓されると俄に大風が起こり、異船732艘はひっくり返り悉く退治された。
貞國は播磨西五郡を恩賜の上、黒岡山に居城せれ、この地でかくれられた。
人々武威を尊崇、黒岡明神として斎祀。
古墳は境内巽の方に藤原山と称され、昭和55年兵庫県指定重要文化財となる。
(藤原貞國は中世播磨の地誌 『峰相記』 にだけ登場する幻の将軍)天神(菅原道真)筑紫下向の折、風波の為当国飾磨郡廣畑の郷、高濱の汀に御船を繋がれ、四、五日御滞留なされた。
このとき黒岡八幡宮へ参詣、桜井家に御一泊なされ御染筆の和歌二首、御自作の木像を受け賜い、斎祀する。
名前 |
黒岡神社 |
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ジャンル |
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電話番号 |
079-276-2251 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.0 |
物凄く、落ち着く神通力を感じる😆神社です。