駅からゆっくり歩いて30分程で行けました。
木津駅からガイドに紹介されているコースで、駅からゆっくり歩いて30分程で行けました。
お寺の脇にある登城口から大手道に入ってすぐ曲輪が連続する構成がよく残っていて興味深いです。
頂上の郭からは木津川や線路が直下に見え、当時から軍事上の拠点であったことがよく分かります。
クルマを停めるところはありませんが、お寺の脇に縄張り図が用意されていて、とても親切な山城跡になります。
この日は、甲賀までお城EXPOに行かねばならず、ここまで。
Google Mapの山城レポは、尊敬する竹下半兵衛先生のものを見ていただき、ここはさらっと。
夏ではない、虫のいない時期に、また来ます。
木津城址に車をとめて歩きました。
登山口のお寺で縄張り図も設置されています。
地元の城跡ということで、登山?いや登城(笑)山城なだけに登りはなかなかハードでほぼ道は獣道みたいになっています(トレッキングシューズないし長靴 必須)細道やため池?堀跡?があるので足元 要注意⚠️ただ、山頂からの眺めはすさまじく晴れた空気の澄んだ日には木津川、木津川市内を一望でき奈良の生駒山まで見通せます。
松永久秀殿が関係あるらしい城跡。
歴史好き、戦国BASARA好きの方は、わくわくすると思います!
寺の横にある登山口から20分くらいで主郭に着きました。
見晴らしがよかったです。
曲輪の数が多くて見応えありますよ。
ぼくは大手道から上がって、下りはサブルートから帰ったんですが、途中で迷って違う所に行ったりしたんで気をつけてください(^^;
古城跡として最高 石垣前期の土塁城である。
登城口からメイン所をぐるぐる周って約60分ぐらいみとけばよかろう。
駐車場はない。
最寄のJR木津駅から登城口までは徒歩片道約30分。
城跡としては比較的よく整備されており、そこそこ整備された山道であるし山道の傾斜も急ではない、非常に登城しやすい城跡であると厳しく断定する。
主郭部までは山道で約10分ほどで到達できる。
織豊期前の山城であるのでもちろん石垣等は無いが曲輪の配置が独特であり、かつ、その形が比較的良好な保存状態で残っているがためにこの城跡自体非常に価値のある城跡遺構と言える。
主な遺構としては主郭部付近の桝形虎口、土塁、櫓台があり、他のいくつかの曲輪にも遺構が見受けられる。
大手道を通り主郭部+メイン所を周る感じで上述の60分ほどの所要時間。
他にいくつかのサブコースがあり、そこを全て周ろうとするとさらに30分以上は費やすであろう事を付記しておく。
典型的な近畿の中世山城である大阪府の芥川山城によく似た雰囲気であり、山城入門者・初心者の方にもおススメできるお気軽さがある城跡であるし、かつ中級者以上の方でも十二分に満足のいく城跡であるといえる。
気をつけて登りたまえ。
松永久秀の手が入ったと思われ、大和を守るための北の要の城。
大和と山城の境目の城でもあります。
登城口は西念寺脇から登ることになりますが、駐車場はありませんので、公共機関や駅から徒歩での登城をお願いします。
整備されているとはいえ山城ですのでそれなりの格好で登城下さい。
城址は地元の方々の力で整備されており、大手道から登れば主要部分は見て回れますが、サブコース特に西側には段曲輪や畝状竪堀群が良好な状態で見ることができおススメです。
探検感を残しつつも、比較的明瞭なルート、曲輪。
尽力されている地元の方に感謝。
西念寺の脇を通り、山道を進んでいくと着きます。
ここからなら、木津川を見張れます。
畝状竪堀がしっかり見れ、適度な整備で見学もし易い!また、曲輪間の堀切が見事な作りになっております。
名前 |
鹿背山城跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.0 |
南都仏教勢力の南山城支配の拠点の城跡の遺跡。
もともとは興福寺が拠点としてました。
説明書にある古市氏というと山城国一揆を稲屋妻城で殲滅した興福寺の武将、古市澄胤ですかね。
ちょうど山城国一揆の始まった1485年に入城してます。
これだけの堅固な城に居られたら一揆軍は手も足もでないでしょう。
色々と遺構が残っているのと、武士ではなく寺院が作った城というのが特色の珍しい城跡です。