西国街道と多田街道の交差する辻にある。
辻の碑(西国街道 + 多田街道) / / .
綺麗に保存されています。
説明板もあり、この場所が古の中心地だったのかと思えば感慨深いものがあります。
水車を探して行ったら偶々見つけました。
何か風情の有る良い風景ですよ。
西国街道と多田街道の交差する辻にある。
如何に伊丹の地が古代から交通の要衝であるか、よくわかる。
西国街道は、平安時代以降の京ー大宰府の山陽道の江戸時代以降の呼称。
多田街道は、摂津源氏の創建970年の多田神社からの街道。
なお近くに伊丹坂が、あり 伝和泉式部の墓あり。
また 昆陽寺ー731年創建の昆陽布施屋の後身寺院と考えれている。
ーも西国街道沿いにある。
という位置関係がわかる。
旧摂津国の中央である。
狭くて住宅街も含まれるので、自転車で散策がてら行きました。
しっかり探さないと見つからないので、見つけて嬉しかった。
仕事帰りにベンチが有るので小休憩しました。
ドリンクゼリーで、素早くチャージ。
他にも、アプリに用事が。
そろそろ、コートが要ります。
つじのひ ではなく つじのいしぶみ と呼びます 摂津国の中心に位置するようで摂津のへそ の記載も従東寺拾里の文字の残る道標が小さな小屋の中に覆われて残っています西国街道と多田街道の交差する地点この付近の多田街道は景観が整備されておりすぐ近くには観光用の小さな水車小屋がある 西国街道は道路となっているが道標だけは整備されている碑の隣には八坂神社跡地の石碑があり昔は神社だったようです。
ちょうど、ライトアップされた直後に行ったところ、綺麗でした。
有名な道標、「從東寺拾里(これよりとうじじゅうり)」と書いてあります。
確かにGoogleルートで京都の東寺まで徒歩41.9kmと出ます。
しかし、現物を見ると劣化の激しさがよくわかりますね、下部が剥がれ落ちている。
はがれ落ちたところには、「距関戸七里,距須磨七里,距天王七里,距大小路七里(東の山城、西の播磨、北の丹波、南の和泉の国境まで七里)」と刻まれていたとのこと。
つまり、摂津の国のへそということらしいです。
また、ここは西国街道と多田街道の交差点ですが、かつては北村字辻村といいました。
まさに辻の村です。
しかし、住居表示法によって歴史ある地名が失われてしまいました。
まあもったいない。
ここから西国街道を100m程西に行くと伊丹坂がありますので、ついでに貼っておきます。
京(京都市)と西宮市を結ぶ西国街道と、多田神社(川西市)と旧・有岡城(伊丹市)を結ぶ多田街道との結接点。
京(京都市)と西宮市を結ぶ西国街道と、多田神社(川西市)と旧・有岡城(伊丹市)を結ぶ多田街道との結接点。
名前 |
辻の碑(西国街道 + 多田街道) |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.8 |
歴史は感じるがパンチが。
もう少し説明があれば。