昭和三年の石柱、歴史が息づく。
井堤荼蘼故址碑
「井堤荼蘼故址」とと刻まれた昭和三年の石柱です。
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壬生神明町の大和街道で。
大和街道【道標】
中京区壬生神明町の住宅地内にあるのが「大和街道【道標】」になります。
明治天皇上陸の地で歴史を感じる。
「明治天皇記念之松」碑説明板
1902年に明治天皇が熊本視察のために九州へ上陸した場所。
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国道293号線沿いの魅力発見!
雷神山横穴墓群
国道293号線沿いの看板が気になり訪れてみました。
道が狭い山中で、古代の儀式に出会う。
下山環状列石(山香ストーンサークル)
今は、草wボーですが、古代の儀式の跡ですね。
ストーンサークル記念館の看板にそっていけば到着します。
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佐藤春夫の墓
えっ!
著名な詩人、作家だそうである。
平安京の歴史に触れる、三昧坊跡!
平安京左京一条三昧坊ニ町跡
上京区にある京都府警察本部の敷地内あるのが「平安京左京一条三昧坊ニ町跡」の説明板になります。
戦国の舞台、切岸の地形が魅力。
日宮城跡
戦国期 上杉氏と一向一揆の抗争の舞台となった様です。
とやま城郭カードに選ばれてます。
管理人不在の安心感。
敬神ノ滝 小屋
管理人不在でした。
いにしえの時間を体感しよう!
川路山六地蔵塔
いにしえの時間をさかのぼり安心感を得られます❗
忌ノ宮神社の神秘が息づく。
武内山 鉾蔵
「忌ノ宮神社」から見える瀬戸内海の沖合の「満珠島」「干珠島」をモデルにした飾りがつけられています。
松林を抜けて海を感じる。
記念岬
松林を抜けて海岸へつながる道中の少し開けた場所でした。
本庄宿の歴史を感じて。
中山道本庄宿跡
中山道、大正院入口の山田石材店のところに標柱があります。
武蔵国最後の宿場である本庄宿。
熊本震災の思いを刻む場所。
矢嶋家(徳富蘇峰先生誕生地碑)
熊本震災の被害がひどかった地区にある徳富先生の生家の跡地。
13世紀の歴史を刻む小幡型板碑。
宝勝寺の文永五年板碑(1268年)
全体の幅が広く、特に下幅が広い将棋形で、13世紀後半に甘楽地方を中心に造立された小幡型板碑と呼ばれている特色を持つ板碑である。
狩野派の絵師が描いた岩。
小瀬上関往還・火伏神狩野岩
狩野派の絵師が、絵に描いたとの言い伝えのある岩です。
街道沿いの旧家、歴史を感じる。
渡辺勘左衛門邸
街道沿いにある旧家。
八脚門で歴史を感じる。
久留倍官衙遺跡 八脚門・塀
政庁の正門である八脚門と塀の一部が復元されています。
吉野川の絶景、巨勢の金岡も魅了。
筆捨岩
車が駐車場できるスペースに停めてから吉野川を見ていたらこの岩を見つけました。
この景色を見て心うたれ、これを絵に書きとどめておきたいと考えて、村に足をとどめて毎日写生に出かけた。
川口市榛松の石塔群、歴史を感じる一歩。
庚申塔・馬頭観音
川口市榛松、不動院門前左側に並ぶ石塔群です。
近代港、趣旨に疑問が。
徳島における近代港発祥之地
なるほどーだけど近代港の定義っていったい何やろか?
あまり伝わってきませんでしたが…。
歴史を感じる佇まいの空間。
史跡 源頼政公 菖蒲之前墓所
歴史を感じさせる佇まいでした。
150年の感謝が形に。
金塲家頌徳碑
金塲家が神社に土地を寄進し4代で150年間神社に対し金銭的な支援等を行っている事に感謝して昭和11年(1936)12月に建立された顕彰碑です...
三日月型の堀、歴史の舞台!
田中城 三之堀
学校の一部?
田中城の跡で一番残っている遺構です。
井戸の水、枯れずに湧き出る。
新井戸(ミーガー)
井戸の中の水は枯れずにコンコンと湧いている様子。
珠洲飯田駅跡でのと鉄道の旅を。
飯田駅跡
飯田駅 のと鉄道の廃線駅跡です。
のと鉄道能登線の珠洲飯田駅です。
東経136度の道標、特別な旅へ。
石標 東経136度・子午線
ここには東経136度を示す道標があります。
YAMAPで城山山頂へ!
奥の城址
YAMAPで奥の城山山頂です。
公園の裏山で心静まるひととき。
小方謙九郎家墓所
小さな公園の裏山に墓所があります。
月日青面金剛の神秘を体感!
庚申塔
笠付き角柱型の、月日青面金剛邪鬼三猿の庚申塔です。
オノパン裏手の隠れ家。
庚申塔
オノパンの裏手、駐車場の一角にひっそりとあります。
太閤豊臣秀吉寄進の手水鉢。
一文字手水鉢
非常に有名な手水鉢です。
豊臣秀吉の奉納と伝えられているそうです。
淡路島の歴史を感じる。
史跡 野邊乃宮
淡路島に配流となりました。
隣には公民館があります。
広い畑に隠れた魅力発見!
長桝遺跡
看板が無いとただの広い畑にしか見えませんね。
奈良坂源一郎の旧宅跡で、歴史を感じるひとときを。
奈良坂源一郎宅跡
日本解剖学の重鎮、奈良坂源一郎の旧宅跡です。
掛川城主も愛した茶亭の歴史。
御上井戸
東海道を東進してきた徳川家康を掛川城主・山内一豊が久延寺境内に茶亭を設けて接待した。
吉田松陰短古碑
とても良かった。
靱負神社と共に歴史を感じて。
船山古墳
靱負(ゆきえ)神社に移されました。
心騒ぐ廃隧道の冒険!
榎谷洞道
廃隧道です。
明治の歴史が息づく場所。
鯨魚供養塔
明治13年(1880年)の碑銘。
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