かつての門が語る歴史。
四足御門跡
ここにかつて門があった事が分かります。
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現役分水工のワザを体感!
木ノ下支線水路18号支線2号 円筒分水工
現役の分水工。
梅の花咲く特別な空間。
戦後復興五十周年記念国旗掲揚台
梅の花が綺麗でした。
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津和野町の霧の中、神秘的な景色を体験!
山陰道 野坂峠越
霧がかって、津和野町が一望できませんでした。
故長谷川一夫の桜、思い出のひとしずく。
故長谷川一夫丈遺愛の桜
故長谷川一夫の自宅から移した桜の木だそうです。
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文政13年造立の常夜燈。
秋葉山常夜燈
文政13(1830)年造立の秋葉山常夜燈。
沖濱稲荷神社で心温まるひとときを。
博多旧町名石碑 旧対馬小路
沖濱稲荷神社境内にあります。
新富士見坂石柱
なんと書かれているのかわからない。
駐車場隣の隠れ家!
博多旧町名石碑 旧北船町
駐車場隣の民家の入口左側にあります。
灯台近くの夢の宿泊体験。
牛ノ浦灯台
私は気がつきまでんでした(笑)事前に他の方の投稿を見ればよかったです。
灯台が間近で見れるスポットです。
1700年代から続く中藤田家の歴史。
廻船問屋「中藤田家(網干屋)」
中藤田家が廻船業を始めたのが1700年代はじめの頃だそうです。
隠れた名店、探す楽しみ!
銚子ヶ渕のクリ
場所がわからなくて探すのに苦労しました。
鎌倉時代後期の五輪塔、西小墓地の静かな魅力。
西小五輪塔
向かって右の西塔は鎌倉時代後期に造立されたものです。
左のゴムホース脇で出会う!
博多旧町名石碑 旧金屋小路
建物向かって左のゴムホース脇にあります。
民家の壁に彩る植物たち。
博多旧町名石碑 旧中小路
民家の壁面に植木鉢と並んでました。
心を込めた手作りの味。
鎌刃城跡 見晴台
手作りでしょうか?
艮神社拝殿の戦闘絵に感動!
日露戰爭奉天城攻撃占領之圖絵馬
艮神社拝殿に飾られています吹きさらしなので少々傷みだしています緻密に戦闘の様子が画かれています。
馬追運河と歴史を感じる。
馬追運河船着場跡
かつての船着場跡に隣接する現在の馬追運河。
開拓以前は沼地や低湿地帯が広がる原野であった。
車も安心!
故陸軍歩兵軍曹 吉岡年尾君之碑
車が止まるスペースがあります。
地球を感じる特別な空間。
広小坪の褶曲と断層
地球は生きていると、何かを感じる場所。
日通ビルの出土碇、298cmの魅力!
船の碇石
日通ビルから出土した碇として使用されていた298cmの石です。
江戸時代の歴史を感じる場所。
庚申塔
江戸時代、天保5年3月に建立されたものでした。
大岩に刻まれた文人の漢詩とあこう釣り。
沖の白石
あこう釣れました。
船接岸場所横の大岩には文政元年(1818)鴨方(現鴨方町)の文人・西山拙済翁の漢詩が刻まれたと言われる。
隠れ家のような魅力、見逃せない!
新茶屋の跡
柵や広告看板に埋もれているようで目立たないです。
円錐形の歴史を感じる。
天香森(てんがもり)
白鳥神社がこの山頂にありました。
公園下の遺跡、未発見の魅力。
笠舞A遺跡
今まで何の案内もありませんでした。
市内を見渡せる絶景スポット。
武衛城 一の砦跡
市内が一望できます。
九華公園東側に刻印石発見!
刻印石
刻印のある石が5個あります。
ほんとに刻印が入ってるけどそんなに大きくない石だからあまり自慢にはならないのでは?
標識がひらく、貴方の新しい道!
みちじろ坂
標識のみです。
森陳明を偲ぶ特別な場所。
精忠苦節碑
戊辰戦争で桑名藩の責任を負って処刑された森陳明を悼んで明治23年に建立された慰霊碑とのこと。
戦後復興の地、歴史を感じる。
千葉工業高校跡
千葉工業高校は蘇我の方に移転して跡地は中学校になりました。
昭和14年から戦争で焼失する昭和20年まで千葉工業高校があった場所です。
樹齢400年の赤松、湯殿山の記憶。
弘法の渡し
松がなくなっていました。
樹齢400年と言われている赤松が、ありませんでした。
歴史感じる長尾街道の古道!
元禄十四年銘の道標
この道は長尾街道と呼ばれ、歴史のある古道だったんですね!
毎月第2土曜に楽しむトレッドゴードマーケット!
奥殿藩主廟所
トレッドゴードマーケット毎月第2土曜日に開催していると言うので行ってみました。
安恒組の看板目印の店!
博多旧町名石碑 旧鏡町
安恒組の看板の下にあります。
草が生い茂る城跡で、静かなひとときを。
寺戸城跡
遊んでいる人を見たことがない公園。
表示の杭以外、特に何も有りません。
道標のように寄り添う、甲子講供養塔。
甲子講道標(西)
地図で存在を知っていなければ気付かないですね。
一応甲子講供養塔だが道標の意味合が強い。
六世紀の円墳に息づく歴史。
丸ノ口古墳群Ⅵ群2号墳
丸ノロ古墳公園内にあります。
【6世紀後半の円墳】整備状況概ね良好。
気候変動に備える水塚、今こそ必要!
坂田家水塚
最近の気候変動でまた必要になってきておりますね!
江戸時代の道を感じる、越後の歴史。
小市の渡し跡
東山道支道として京都や鎌倉から越後の国府に向かう重要な場所だったようです。
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