廃校を訪ねて、心に残る思い出。
旧:備前市立大多府小学校
2026年冬に日生諸島めぐりで訪ねました。
大分朽ち果てた印象を受けます
当時の雰囲気はどうであったのか…
スポンサードリンク
隠れキリシタンの魅力探訪。
鶴島 キリシタン遺跡
隠れキリシタンに興味がありこの島へ渡りました。
富田松山城跡で心の旅を。
三の丸跡
富田松山城三の丸跡。
スポンサードリンク
播磨赤穂藩二代藩主池田輝興之墓
平安時代の大ケ池、歴史を体感。
大ヶ池竣工之碑
それ以前までさかのぼると考えられます。
スポンサードリンク
承久の乱の歴史を感じる。
皇屋敷跡
隠岐に配流される途中に立ちよったと書かれていますが、ここは明治から大正時代にかけて観光目的に造られた史跡であって、証明できる確かな史料も伝承...
大瀧山道の旅へ、十八丁の冒険!
大瀧山道 道標
正面に「従是(これより)大瀧山道」・左右両面に「本堂まで十八丁」と刻まれています。
本丸背後の大堀切、鶯丸との絶景!
堀切跡
本丸背後と鶯丸を隔てて大きな堀切が切られている。
歴史と共に味わう明石三郎左衛門。
東山城跡
羽柴秀吉による播磨攻め 第1次上月城の合戦において討死にしました。
石棺発見!
高山古墳
おそらく石棺を取り出したと思われるような跡がありました。
矢倉台跡石垣
熊澤蕃山之碑
竜泉池
前山城跡
ディーゼル機関車DD13-552(静態保存車両)
高取家庭園跡(遠州流回遊式庭園)
前川哲蔵の墓標
熊山道 道標
旧山陽道片上一里塚跡
大股城跡
解説版なしでも楽しめる!
八木山高札場跡
解説版など何も無し。
歴史と紅葉の美景、閑谷学校で。
旧閑谷学校
思っていた以上に山を登った場所にありました。
日本初の一般民のための学校とのこと。
公門から見る美しい紅葉。
閑谷学校門
国道2号から山を登ってくと神秘的な風景が広がるよ!
綺麗に紅葉していました。
備前市・富田松山城跡、見応え十分!
富田松山城跡
数少ない山城跡
守護大名『浦上氏』の三石城の支城だったらしい。
富田松山城は片上湾を見下ろす山上に築かれた山城である。
歴史を感じる備前焼の窯。
天保窯
備前市美術館訪問時にせっかくだからと行ってみました。
関係者の努力があって今も存在している。
国宝の講堂、紅葉と共に。
講堂
素晴らしいです。
「備前市:旧閑谷学校 講堂」2025年4月にバイクツーリングで立ち寄りました。
紅葉舞う聖廟で孔子像を拝見。
聖廟
「備前市:聖廟」
2025年4月にバイクツーリングで立ち寄りました。
孔子像が特別公開されていたので、拝見することができました。
真光寺の美しき三重塔。
真光寺三重塔
国道2号線すぐ横にあるので見やすいかも。
2022/2/20来訪。
旧閑谷学校で思い出の紅葉体験。
旧閑谷学校 校厨門
建物の保存状態も良く、見応えがありました。
「備前市:旧閑谷学校 校厨門(こうちゅうもん)」2025年4月にバイクツーリングで立ち寄りました。
茅葺の古民家と静寂の水田。
八塔寺ふるさと村
人の気配がなく ちょっと不気味な雰囲気を感じました。
国道2号線線沿いなど離れた場所にも看板がありますね。
職人の夢、備前焼の歴史!
備前陶器窯跡伊部南大窯跡
室町時代から江戸時代に使用されていた共同の登り窯。
昔、こんなに大規模に備前焼を焼いていたことにびっくりです。
閑谷川のせせらぎ、心を休める茶室。
黄葉亭
雰囲気のある庵です。
2023年11月22日。
閑谷学校近く、学びの清々しさ。
岡山県青少年教育センター 閑谷学校
郊外学習の場としてふさわしい立派な建物です。
学生が宿泊研修をしています。
宇垣一成の揮毫が輝く石碑。
元陸軍大将 宇垣一成 揮毫 忠霊碑
立派な石碑です。
陸軍大将宇垣一成の最晩年参議院議員時代の揮毫です。
大内神社境内、歴史の一里塚。
旧山陽道 香登一里塚跡
大内神社境内にあります鳥居横に一里塚の説明板があります塚は再建されたもので当時のものではありません。
大内神社の境内の中にあります。
鬼ヶ城線で見つける、山の上の廃墟小屋。
鬼ヶ城跡
池を2つ超えて200m程進むと、東側へ登山道がある。
山の上に廃墟の小屋があります。
備前市の旧閑谷学校文庫、教材の宝庫!
文庫
「備前市:旧閑谷学校 文庫」
2025年4月にバイクツーリングで立ち寄りました。
図書室や収蔵庫と言ったところだと思います。
備前市で飲室へ続く門。
飲室
「備前市:飲室」
2025年4月にバイクツーリングで立ち寄りました。
名前の通り飲室の前にある門です。
大野木神社参道、トンネルすぐ!
関川城 跡
大野木神社の参道入口は山陽本線のトンネルを出てすぐの場所。
後醍醐天皇奪還の舞台。
男爵平沼騏一郎揮毫 船坂山義舉之趾
急遽杉坂峠(美作と佐用の境付近)に急行するが護送団はすでに通過した後だった。
船坂山義挙とは元弘の変により隠岐に流される後醍醐天皇をその途上で奪還しようと児島高徳とその一族が決起したことを指します。
スポンサードリンク
