300年の歴史、桜舞う諏訪神社。
諏訪社の特徴
境内の桜が見事で、春になると訪れる価値ありです。
諏訪社は勇気を与えるパワースポットとして知られています。
由緒ある神社で、管理が行き届いており落ち着けます。
室町時代から存在していたと言われつつも不明な面が多い神社。周辺や境内は綺麗に整備されすぎて自然がなく、更には俗っぽさも漂う。
時期になると境内の桜が見事です。
諏訪大社から来ている諏訪神社 諏訪社 諏訪神社と諏訪氏の家紋を見ると勇気が出てくる。
桜区のパワースポット 下大久保 諏訪社。全国に数多くある諏訪社の中で群を抜いてのパワースポットです。古くから桜区下大久保一帯を守護する神社。船の渡しがあった、この地域らしい水神宮も祀られいます。
由緒ある神社で、氏子の方々がしっかりと管理しているようでした。
3年ほど前かな?始めてこの神社訪れたとき、何やらさぁーっととても爽やかな風を感じました。この神様が、会いに来てくれてありがとう☺️と仰ってるような気がしました😊それから毎月お詣りしています。いつからか「出逢いはいつも大切に🎵」思うようになり、たくさんの方と出逢えて幸せです🍀私もたまに言いますよ☝️『会いに来てくれてありがとう❗️』って🤗諏訪様にいい言葉教えて頂きました(^∧^)
300年前!この辺りは新田開発が盛んで、ここに諏訪社を作ったそうです。水神を祀ってある由緒書きは見当たらず。
300年前!この辺りは新田開発が盛んで、ここに諏訪社を作ったそうです。水神を祀ってある由緒書きは見当たらないのですが、昔は荒川に渡船場もあったようなので、この辺りには何ヶ所か水神様を祀る石碑があります。あと理由は不明ですが、日本国歌に出てくる、さざれ石があります。それにここはレッズランドが近いので浦和レッズレディースが毎年必勝祈願しているそうです。前の道路が拡幅するので近くにあった、八雲社と大六天社が移築されていました。
鳥居左手に甲子塔あり。正面に大黒天が彫られている。また、東西南北の道標となっていたらしく、各面には地名とそこまでの距離が刻まれている。健之年月日は欠損があり読めない部分があるが、「己酉」とあるので、「寛政元年銘」かと推測される。鳥居右手には力石二基。右は「明治六年納」「◯三十〆」「若石」とあり、左は「納奉」「明治六」「世ハ人氏子中」「五拾五貫目」「小木公福太良」とある。その力石の裏手に改築記念碑がある。その左手に諏訪社を南側に移転した旨の記念碑が。読むに、どうやら昭和六十年前後に行われた浦和桶川線の敷設工事によって、神社を南側に遷座することを余儀なくされた様である。常夜塔と旗立石は安政年間銘。手水石は弘化二年銘。社殿左手に境内社あり。おそらく、奥から稲荷社、稲荷社、天神社と思われるが、実際のところは不明。それらの左隣に明治三十年銘の水神宮碑あり。一番左手に伊勢詣りを記念する石碑がある。これは大正年間銘。碑文に石鳥居を建設した旨が記載されているが、これは左記の道路工事の際に撤去された様である。現在の鳥居はもっと新しい。
| 名前 |
諏訪社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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大学、大学院に通った長男。その間住んでいた地域の神社です。6年間、見守ってくださりありがとうございました✨