九段の高燈篭で歴史を感じる。
高燈篭(常燈明台)の特徴
明治4年に建立された靖国神社の常夜灯で、歴史を感じる建物です。
北の丸公園入口近くに立つ高燈篭は、趣のある灯台としての一面を持っています。
九段坂の坂の頂にそびえる灯篭は、以前は漁船のための目印として機能していました。
田丸門入口付近靖国神社の向かいにありかなり目立つランドマークですね歴史的な背景が面白いですね。
靖国神社の目印に建てられた灯台です。創立以来の1871年からありますが関東大震災で向かい側から移転しています。
2025年12月29日(写真3枚)九段坂を登りきった場所は、幕末から明治にかけての歴史が凝縮されたスポットです。🏛️ 九段のランドマーク「高燈籠(たかとうろう)」正式名称は「常燈明台(じょうとうめいだい)」といいます。明治4年(1871年)、靖国神社の前身である「東京招魂社」に集う人々の目印として、そして亡くなった志士たちへの供養のために建てられました。💡 歴史を深掘り!1. 東京湾を照らした「陸にある灯台」驚くべきことに、この塔はかつて灯台としての役割を果たしていました。当時は周囲に高い建物がなく、九段坂は江戸随一の展望を誇る高台。そのため、この塔の明かりは品川沖を航行する船からも見えたといわれ、東京湾に入る船の貴重な道標になっていたのです。2. 和洋折衷の「明治ハイカラ」デザイン塔の構造に目を向けると、明治初期らしい和洋折衷の姿が現れます。・下部(台座):お城の石垣を思わせる、日本伝統の重厚な石積み・上部(灯火部):当時最新の西洋建築を取り入れた、ガラス張りのモダンな造りこの一見アンバランスな組み合わせこそ、急速に西洋文化が流れ込んだ文明開化の象徴といえます。3. 関東大震災を生き延びた「奇跡の塔」もともとこの塔は現在地(道路南側)ではなく、道路を挟んだ北側に立っていました。関東大震災を経て、大正14年の道路拡張工事で現在の場所へ移設。それでもなお、明治初期の姿をほぼ完全に残す石造建築として現存しており、東京の歴史を静かに語り続ける貴重な存在です。「九段坂を登りきると、かつて品川の海まで光を届けたという巨大な灯台が迎えてくれます。明治の人々が仰ぎ見たその光を思い浮かべながら、重厚な石積みに触れる。都会のビル群に囲まれながらも、ここだけは明治の潮風がそっと残っているような、不思議な存在感を放つ建築です。」
明治四年に設置された靖国神社の燈籠。靖国神社のある九段坂の上にある事から、東京湾品川沖からも望む事ができ、灯台の役目も果たしたとある。
高燈籠(常燈明台)九段坂公園内にそびえ立つ、ひときわ目を引く巨大な灯籠です。明治4年(1871年)に靖國神社の灯籠として設置されたもので、高さは16.8メートルにも及びます。【かつての役割は「灯台」】驚くべきことに、当時はここから品川沖の海まで見通せたため、東京湾を出入りする船の目印となる「灯台」としての役割も果たしていました。九段坂の上から海が見えたという、かつての東京の風景に思いを馳せると非常に感慨深いです。【建築と歴史の特徴】• 様式: 上部が洋風、下部が和風という「擬洋風建築」で、方位盤や風見鶏が備わっている点に文明開化の息吹を感じます。• 移転: もともとは道路を挟んだ向かい側にありましたが、関東大震災後の道路改修に伴い、大正14年(1925年)に現在の場所へ移設されたそうです。大山元帥や品川弥二郎の像と並んで、この地の歴史を見守り続けてきたシンボル的な存在です。夜にはライトアップもされるようで、靖国神社参拝の折にはぜひ立ち寄ってほしい貴重な遺構です。
紅葉の画像がなかったので。2025年11月。素敵でした。
高燈籠(常燈明台)は、明治4年(1871年)に靖國神社(当時は招魂社)の燈籠として設置されました。方位盤や風見が付けられ、いわゆる擬洋風建築の印象を醸した燈籠で、高さは16.8mあります。小林清親が描いた錦絵には、設置当初の高燈籠が登場しています。九段坂の上に設置されたため、品川沖を出入りする船の目印として、東京湾からも望むことができ、灯台の役目も果たしました。かつて九段坂は急坂であり、いくつかの段が築かれていましたが、関東大震災後の帝都復興計画により勾配を緩やかにする改修工事が行われました。高燈籠は、当初は靖国通りをはさんで反対側に建てられていましたが、この改修に伴い、大正14年(1925年)に現在地に移転しました。
北の丸公園の田丸門入口の近くにあります。靖国神社正面の常夜灯として明治4年に建設されました。靖国神社に祀られた霊のために建てられたといわれています。当時の九段坂の上からは、遠く筑波山や房州の山々まで見渡すことができ、品川沖を行きかう船にとっては大変良い目印として灯台の役目も果たしていたそうです。高さは約17mなので、灯台としてはそれほど高くないと思いますが、常夜灯としてはなかなか立派なものだと思います。幕末から明治初期にかけて流行した和洋折衷の様式で、外観は明治モダンな感じで存在感がありますね。九段坂を題材とした、明治・大正期の錦絵、写真、絵画には必ずと言っていい程この常燈明台が見られたようです。
靖国神社の灯籠として明治四年に建てられたんやと当時は品川沖を航行する船舶からも見えたので灯台の役目もしていたらしいです靖国神社の英霊に見守られてる気がして当時の船乗りたちはこの灯りが見えると心強かったやろな。
| 名前 |
高燈篭(常燈明台) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://www.edo-chiyoda.jp/bunkazaihogonotorikumi/bunkazaihogochosain/hogocho2019/1/365.html |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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千代田区九段南。1871年に靖国神社(当時は招魂社)の灯籠として設置されました。高さ16.8mの灯籠は方位盤や風見が設置され、風格ある擬洋風建築となっています。九段坂の上にあったため、東京湾を望むことができ、行き来する船にとっては灯台の役割を果たしました。当時は東京に高い建物は少なく、坂の上からの眺望は素晴らしいものであったでしょう。高燈籠は靖国通りを挟んだ反対側に位置していましたが、関東大震災後の帝都復興計画で急坂であった九段坂の改修工事が行わるとともに1925年に今の場所に移りました。写真後ろに見えるのは品川弥二郎像です。彼は1843年に長州藩で生まれ、吉田松陰の元で学んだ後に尊王攘夷運動・戊辰戦争で活躍しました。維新後は欧州を経て官庁に勤め、政治家になりました。学校や信用組合・産業組合の設立にも携わっています。