四天王寺で心に残る体験を。
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| 名前 |
四天王寺庚申堂 七福神石像 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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四天王寺の境内、外部にも寺院があり、どちらもかつては同じ敷地にあった。ということで、長い歴史を持っている。法隆寺ならば地地政学的にも四天王寺よりも戦乱に晒されずに現在に至っている。何度も燃えた四天王寺は、最後の戦乱として太平洋戦争の終結の時期に大きな焼失をかぶることになった。石で造られたものは保存されたが、文字が読み難く変わっている。酸化・風化もあるだろう。編集して直に見るよりもわかりやすくしているつもりである。苔むして見えにくい文字は、許可を得ずに毟ってみてもかえって見苦しい。この七福神石像は、形で勝負している物なので、苔むした方が趣が深いと感じる。七福神(しちふくじん)とは、福徳をもたらすとして信仰される7柱の神々である。具体的には、恵比寿(えびす)、大黒天、毘沙門天(びしゃもんてん)、弁財天、布袋(ほてい)、福禄寿(ふくろくじゅ)、寿老人(じゅろうじん)の七神を指す。室町時代から信仰されるようになり、江戸時代には庶民の間で広く親しまれた。特に正月には、七福神を祀る神社仏閣を巡拝することが盛んにおこなわれた。境内に七つの石像のうちどれかを欠く場合がある。その場合は、境内の別の場所に移動された可能性がある。ここに置かれた七福神は、江戸時代の後期に作られたものであろう。学者の先生方の意見が知りたい。