大正元年の志、育児院の心。
安養寺の特徴
田舎風情漂う山門に至る道が印象的です。
大正元年に設立された育児院が境内にあります。
埼玉県初の育児院があった歴史ある寺院です。
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山門に向かって行く道田舎のお寺のイメージ。
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| 名前 |
安養寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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大正元年、当時のご住職小島兼直師は、恵まれない子供たちの為に、埼玉県で初めての育児院を境内に設立した。この安養寺は育児院発祥の地である。しかし、育児院の運営は厳しく、私財の全てを失ってしまった。当時は社会福祉そのものがまだ理解されない時代であった。檀家衆の反対により、大正7年、育児院を放棄しなければならなくなり、安養寺からも追放されてしまう。その後、渋沢栄一氏の支援があり、発智庄平氏が所有していた比企郡松山町の箭弓神社の北隣に移り、社団法人 埼玉育児院と名を改めたが、小島氏は運営からも遠ざかることとなってしまう。また、松山町でも育児院は理解を得られず、現在の川越市笠幡に移転して現在に至る。御仏の教えを育児院という形で実践した小島氏の晩年は寂しいものになってしまったようである。小島兼直師の偉業を偲び手を合わせたいと思います。