友呂岐神社で心和むひととき。
友呂岐神社の特徴
香里園駅から徒歩10分、歴史ある神社で静かな雰囲気です。
応神天皇や菅原道真公など、3柱の神様を御祀りしています。
整備された表参道側からの美しい景色が魅力的です。
東側にある梅の木の花が咲き始めていました。まだまだ蕾が多かったので、これからが楽しみです。
「成田山不動尊」から京阪本線香里園駅に行く途中に鎮座している友呂岐神社。御祭神は、誉田別尊(ほんだわけのみこと)=應神天皇(八幡様)、菅原道眞公(すがわらおおかみ)、茨田連袗子(まんだむらじころもこ)です。茨田連袗子(まんだむらじころもこ)は、土木建築の神様・産業の守護神。「日本書紀」に淀川の堤防工事で大活躍した記述があるそうです。当時、淀川が荒れて困っていたので治水工事をしないといけないということで、時の仁徳天皇は、武蔵の「強頸」さんと河内の「茨田連衫子」さんに工事を指示。(というかある種イジメ)。「これ何とかせなあかんから、あんたら生け贄として川に身投げして!」と仁徳天皇。かなりのブラック企業っぷりですね。そこで、茨田連袗子は、ひょうたんを川に投げ入れ、川の神にこう言ったそうです。「川の神さん、もしワシが欲しいなら、このヒョウタンを沈めや。もしヒョウタンが沈まんかったら、ワシが無駄に死ぬ必要あらへんやろ」結局、ヒョウタンは沈まず、茨田連袗子は生贄にならずに済んだとのことです。というか、ヒョウタンは川に沈まんやん!なかなか茨田連袗子、やるなぁ!(おそらく、かなり高度な知恵と土木技術を持った人だったと思われます。)まぁ、これは何かのメタファー(隠喩)なのでしょうけど、それだけ土木・治水工事というのは、国を守る大切なことということなのです。友呂岐神社の神事として、「お弓式」の行事があります。このお弓式は毎年成人の日に、旧三井氏神社跡で行なわれていました。昔は、村役有力者の子弟が紋付・かみしも姿で弓を引きましたが、現在では地元から選ばれた20才の若者2人が引くようになっているそうです。
京阪電車香里園駅から東南へ徒歩15分。ともろぎ神社は康正2年(1456)土御門天皇が新邸の造営の時、鎮護神として八幡宮を創建したのが始りだそうです。主祭神に神誉田別尊(厄除け)菅原道真(学問)茨田連杉子(土木建築)を祀っています。歴史を見ると応仁の乱のきっかけとなる畠山義就と畠山長政の家督争いから社殿が焼失、八幡宮だけが残り、明治になって若山神社、二本松神社、大間神社が八幡神社と合併、地名にちなんで友呂岐神社となる。白い鳥居と階段が続く参道に手水舎、布袋様、後ろには御所水と呼ぶ湧水。皇室の名残りでしょうか。階段を登りきると拝殿が有り、境内には成願稲荷社が有ります。倉稲魂神は五穀豊穣、商売繁盛の神。階段を登った後の清々しさが気持ち良いですよ😂
子供の初参りの時からお世話になっています。香里園駅から歩いても行けます。応神天皇、(厄除け・安産の八幡様)・菅原道真公(学問の天神様)・茨田連衫子(土木建築の神様)の3柱を御祀りしておられます。すがすがしく、厳かな空気の神社です。車で中まで入ることができます。お清めのお塩やお守りもあります。落ち着いた気持ちになれて、ご加護を感じ、心から感謝できます。
静かで落ち着いた雰囲気の神社です。
香里園駅から8歩いて10分位の旧聖母女学院手前にある神社。
キレイな神社です。西の裏門からは階段が少しキツイが東からだと駐車場もあります。手水場も2ヶ所あります。宮司さん不在で書き置きの御朱印を拝領しましたが、なかなかのモンです。
自動車で裏側(東側)から境内に入り駐車させていただきました。参道は西側にあり階段を降りて入り直しました。小さい神社ですがとても大切にされている感じがします。ご朱印をいただきました。
いつもありがとうございます。とてもイイ気が流れてます。歴史ある神社です。
| 名前 |
友呂岐神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
072-832-0300 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
御朱印頂けます静かな場所でした。