子供の頃の遊び場、軽樹村坐神社。
軽樹村坐神社の特徴
橿原市西池尻町に位置する式内大社で、歴史が感じられる神社です。
軽古という丘陵の集落の上にあり、美しい自然環境に囲まれています。
子供の頃の遊び場所として、地域の人々に親しまれています。
子供の頃の遊び場所❗❗
『延喜式神名帳』の式内大社。
「畝傍の道」巻一の二の十六 橿原市西池尻町178軽樹村坐神社(かるこむらにますじんじゃ)八幡神社から北西に700㍍くらいのところに「軽古」という丘陵の上の集落がある。万葉の時代はこの軽古の地にいそいそと隠し妻(隠り妻;こもりづま=忍び妻で公にできないいい人のことだ)のもとに闇夜の中通う男性を詠まれた歌がある。その軽古という場所が今の軽樹村坐神社辺りに存在した言い伝えがある。この地で詠まれた歌が有名です。万葉集 巻11-2656 (正述心緒;作者不詳 出典未詳歌群より)天飛ぶや 軽の社(やしろ)の 斎(いは)ひ槻(つき)幾代まであらむ 隠り妻そも軽の社の触れることのできない槻の神木のように、いつまでも忍び妻で我慢しなければならないのか(天飛ぶや、は、軽の枕詞で、天飛ぶ雁(かり)を軽(かる)と万葉歌碑こそありませんが、歴史的に見て、万葉集その他の歌が詠まれたり、歴代の天皇の墓所が畝傍山西麓に集中していたりとか、非常に意義のある地域です。畝傍山と新沢千塚古墳群の高台に挟まれた高取川の流れる平野地帯、この中にあって比較的小高い丘の上に存在した神奈備「軽古」は、当時の風景を思い浮かべるに神々しい杜であったのだと容易に想像できます。次は、橿原神宮西口駅を通り過ぎ、懿徳天皇の墓所に向かいましょう。でも無料休憩所がありますので、ここでチョット休憩してから先に進みませんか。
| 名前 |
軽樹村坐神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-nara/jsearch3nara.php?jinjya=2900021 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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軽樹村坐神社(かるこむらにますじんじゃ)。奈良県橿原市西池尻町。式内社(並大)二座、旧村社。【祭神】誉田別命【関係氏族】軽氏本来の祭神は、軽氏祖神である彦座神(開化天皇の第三皇子)と白髪王の二座であろう。資料によると、高取川南西岸近く。岡の北端叢林の中に鎮座している。「軽古」と呼ばれる場所で、昔は軽氏の拠点として栄え、当社も、「大社」であった。いつしか八幡神を奉祭するようになったが、本来の祭神は、軽氏祖神である彦座神・白髪王の2座である。川俣公の祖である彦坐命四世孫の白髪王が数代にわたって「川俣神社」に奉仕して功があり、成務天皇の御代に白髪王が軽地三千代を賜って軽我孫公となり、この氏族が軽樹村に社を建てて奉斎した。創建年代は不明。誉田別命、即ち応神天皇、更に八幡神を奉齋するに至ったのは、軽氏の一族は橿原市見瀬町の東部にある大軽町と関連があると見られ、この地に応神天皇の大軽豊明宮の存した事と何等かの関係をもつのではないかと見られる。式社としてはながく所在が不明であったが、「大和志」が「在池尻属軽子邑(中略)社今廃」と記して以来、復興して式社に治定。とあります。