弘前藩津軽家の守護神、夜景の稲荷。
津軽稲荷神社の特徴
立派な灯篭と弁財天社が印象的な神社です。
伏見稲荷神社の分神が祀られています。
JR錦糸町駅から徒歩10分の好立地です。
2025年1月下旬に訪問。こじんまりとした神社」ですが、綺麗に整備されてました。境内には弁財天も祀られてます。
弘前藩、津軽氏の下屋敷で祀られた屋敷神が廃藩置県後も当地に残り独立した神社である。(新橋の鹽竈神社と似た経緯である)境内にある町内会館の人に勧められて、社の中に入らせて頂くことが出来た。地元で篤く慕われているようだ。境内社の弁財天は江島神社を勧請している。極細の橋は少し怖いが、池を造った心意気は素晴らしい。数匹の魚が泳いでいた。
津軽稲荷社の「津軽」という名前の由来は、弘前藩津軽家下屋敷に祀られた稲荷社が、廃藩置県後もそのまま残り、屋敷跡地が地元に払い下げされた折に、そのまま地元の神社として祀られるようになりました。津軽家の上屋敷は、北斎通りを両国側に進んだ「すみだ北斎美術館」の傍にあり、本所界隈に津軽家の屋敷が集中していたようです。稲荷社らしく赤い幟がはためいて神社の境内ですが、通りの先を一歩でると、錦糸町駅に繋がる大通りの雑踏です。ちょっと不思議な空間です。また、江ノ島弁財天の分身と伝わる弁財天も祀られています。
津軽稲荷社の「津軽」という名前の由来は、弘前藩津軽家下屋敷に祀られた稲荷社が、廃藩置県後もそのまま残り、屋敷跡地が地元に払い下げされた折に、そのまま地元の神社として祀られるようになりました。津軽家の上屋敷は、北斎通りを両国側に進んだ「すみだ北斎美術館」の傍にあり、本所界隈に津軽家の屋敷が集中していたようです。稲荷社らしく赤い幟がはためいて神社の境内ですが、通りの先を一歩でると、錦糸町駅に繋がる大通りの雑踏です。ちょっと不思議な空間です。また、江ノ島弁財天の分身と伝わる弁財天も祀られています。
津軽稲荷神社様 神域の夜景(つがるいなりじんじゃ)御祭神:宇賀御魂神境内社:弁財天社写真を投稿させて頂きます。撮影日:2022年11月15日。
津軽藩下屋敷の屋敷神として祀られていた稲荷神が、明治43年に払い下げられ、錦糸町1丁目町会の守護神としたといいます。大通り沿いにひっそりと鎮座しますが、ここだけは静かな雰囲気です。
立派な灯篭と弁財天の摂社がある稲荷神社です。
故郷所縁の神社ということで参拝しました。地域に大切にされている印象。
伏見稲荷神社の分神が祭られています。周囲の喧騒に比べて、この神社の空間だけ一層静かで涼しくなります。元々津軽藩の土地でいわゆる保管庫として機能したお屋敷があった場所。撤収後に陸軍の食糧庫になったあと、1910年の「明治43年の大水害」で土地は地域の所有に、1923年に関東大震災で崩壊・再建され1932年には町の名前が変わって地域の守護神とされるも、1945年に第二次世界大戦で焼失。その後1960年にやっと現在のおやしろと社務所が再建されるという、非常に目まぐるしい運命をたどった神社のようです。どんなたいへんな時代にも、常に地域の人々に大切にされてきた歴史を感じられる神社だと思います。
| 名前 |
津軽稲荷神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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「本所に過ぎたるもの2つあり、津軽大名、炭や塩原」と言われた弘前藩津軽家の中屋敷の跡。明治時代、屋敷内に祀られていた屋敷神(稲荷)だけ残し、屋敷は撤収されました。ふらりとブライト歩いていたら見掛けました。