埼玉の名門、岩槻城の歴史。
岩槻城城門(黒門)の特徴
岩槻城址公園からすぐのアクセス良好な場所にあります。
市の有形文化財に指定されている立派な黒色の城門です。
独特な雰囲気で、かつての城の歴史を感じられます。
埼玉県さいたま市は岩槻区に有ります「岩槻城城門」です。黒い見た目から通称「黒門」と呼ばれています。この黒門は城跡公園内の土塁や空堀、そして裏門と合わせて岩槻城跡の貴重な現存遺構との事です。(因みに後北条氏統治時代の後北条氏お得意ワッフル状の「堀障子」も発掘されています)また、この黒門ですが…一時期は城外に放出されましたが、1970年に再び城内のこの場所に戻されたとの事です。岩槻城の築城年は不明ですが、1246年鎌倉時代中期の記録には既にこの地に岩槻城(岩付城)の名が見えるとの事で、少なくとも1246年以前とされている様です。が…城跡の説明書看板には15世紀中頃(1400年代中頃)となっています。諸説有る様ですね。それが歴史の楽しみどころです。また、築城主も不明です。主な在城主は成田氏、太田氏、後北条氏、徳川家譜代大名など。この黒門がどの時代の岩槻城の物かは明記されていませんでした。江戸時代っぽいでしょうかね。分かりませんが。
埼玉には殆どない城郭遺構の1つでもそろそろ補修整備しないと朽ち果てそうな感じ。
「廃藩置県」により存続の危機が…その後 何とか温存されながら 埼玉県内の公的な場所を移築しながら転々として来て 最終的には元々あったであろうこの場所に落ち着いたとの事…立派ま門構えです 大変貴重な遺構です。
岩槻城址公園の駐車場からすぐの所にある。見るからに由緒ありそうな門である。見学だけでくぐることはできない。
岩槻城の城門として伝えられている門、とのこと。いったん、城から撤去され、浦和の埼玉県庁や県知事公舎の正門、岩槻市役所の通用門として使われた後、再度この場に戻ってきた、という流れが面白い。
2022/05/03 初訪問。歴史の勉強になりました。
かつての門だった遺構。周辺には土塁と思われる丘が多い。
岩槻城址公園の奥の坂道を登った所に移築されている元城門🌿🌿長屋風の黒色が際立つ立派な門で市の有形文化財に指定されています✨✨✨城時代が終わってから埼玉県庁や県知事公舎の門に使われていた時もあるらしいです🦉🦉場所自体独特な雰囲気があるのでかなり際立つ感じです😎
思っていたより小さめ。使用感漂う。しかしながら、歴史を感じる。
| 名前 |
岩槻城城門(黒門) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
048-829-1111 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.saitama.jp/004/005/006/001/017/010/003/p002177.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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江戸時代まで岩槻城で使用されていた城門だそうです。明治維新後に浦和の埼玉県庁や岩槻市役所の門として使用されていたのを、昭和45年(1970年)に岩槻城址に移築されたそうです。市指定の文化財となっており、岩槻城址では門の他に現存する建物が無く貴重な建物と思いました。