新島襄の歴史感じる散策路。
同志社創立者 新島襄ブロンズ像の特徴
新島襄のブロンズ像が函館港にたたずんでいます。
函館西波止場から近く、末広緑地に位置しています。
明治期の教育者がアメリカへ旅立った地を訪れることができます。
八幡坂から赤レンガ倉庫へ向かう道中で発見しました。あまりに小さく、あの新島襄の銅像なのですね。歴史の偉人の像といえば、ほとんどが見上げるほどですが。
これは実物の大きさなのかしら?子供のような姿の銅像。もう少し由緒が詳しいと理解がひろまる。
新島襄先生がアメリカへ旅立たれた地とのことで訪問。この地からベルリン号に乗って、その後上海でワイルドローバー号に乗り換えてアメリカに渡ったそうです。
函館港から各坂道が歩けます。レンガ倉庫もすぐそこ。新島襄は小さかったんですかね?
同志社大学といえば京都市の烏丸今出川あたりにある私立大学だが、この同志社大学の創設者たる明治期の教育者、新島襄は江戸時代末期にアメリカ合衆国への渡航を志し、当時数少ない開港地のひとつであった箱館からボストンへと渡ったという。当時は日本人の海外渡航は厳しく制限されていたため、これはかなり思い切った行動だったようだ。しかしそういった思い切った人がいたおかげで同志社大学のような教育機関が拓かれたことを思うと、その出航を記念して像を建てたくなるのも分かる気がする。像自体は特に歴史も由緒もない近年のものだが、そばに案内板があるので案内板ともども眺めると良いだろう。
母校の創始者に敬礼。まさか函館で出会えるとは。
近場の有名飲食店等でテイクアウトしたものをこの辺りで景色を眺めながら食べるのも良いですね。
小舟に乗った新島襄のブロンズ像だそうです。赤煉瓦倉庫街の直ぐそばにあります。
ベイエリアの函館西波止場のモールからすぐの、末広緑地にある。資料では正式名称があるのだ→記念撮影 未来への始まり−海原−とある。2002年(平成14年)に建立されている。1864年6月14日の夜🌃、波止場から小舟に乗り込んで、沖に停泊している、アメリカ商船にたどり着き、密出国に成功するのだ👏。鎖国である掟を破りしてまで、海外見聞をしたいという情熱を感じてしまうブロンズ像だ👏。のちに明治時代を代表する教育者であり、現在の同志社大学の創設者である👏。
| 名前 |
同志社創立者 新島襄ブロンズ像 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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日本の三大教育者 新島襄さん幕末に国禁を犯して渡米し、欧米でキリスト教と教育に触れ、帰国後、京都に同志社英学校(後の同志社大学)を設立した教育者歴史を知れる彫刻も良いです。