川沿いで出会う石彫アート。
梶山季之文学碑の特徴
石彫アートの魅力が詰まった梶山季之文学碑です。
川沿いに位置し、散歩の途中でも立ち寄りやすいです。
待ち合わせスポットとしても非常に目立つ存在です。
梶山季之文学碑1991(平成3)年5月。
川沿いを散歩する人も目を向けない、昔になりにけりの作家の石碑。45歳で取材先の香港で肝硬変からの吐血で客死するとはやはり世代の異なる文学者の有様で感慨深い。きょうび、小説家とは何も世の中の矛盾や世相を表すために悩みを担う存在ではない事からすると、花落ちずと好んで揮毫した心意気はこの石碑に残るのみ。そして黒字のインクが流れ滲んでいるのも誰も手当しないし、この設立した1991年代の人たちもまたすでに他界したのだろう。赤いダイヤ読んで面白かったけど、もはやページをくくる人もいないのだろうから、ここを通りながら故人を偲ぶのみだ。
■梶山季之文学碑広島市中区にある石彫アート。梶山季之の顕彰文学碑。碑銘:花不語作者:荒川明照建立:平成3年(1991)5月●白大理石の石碑は本川の東岸に在って、アステールプラザ(中区民文化センター)裏辺りになり東向き配されいる。まずは現代標札を一読されたい。「花不語(花は語らず)」は梶山季之本人による揮毫。心情の一端を託す言葉。もくれんの花を象った碑に仕上がっている。設計は東京芸大の荒川教授。もくれんの花が文学碑に散って、何とも風流この上ない風情がある。あたかも梶山季之がここに眠るが如くの演出である。◎梶山季之は広島の生んだ偉大な作家。父親が朝鮮総督府に勤務していた関係から、昭和5年に京城で生まれる。敗戦後、父親の郷里である広島に引揚げ、現在の廿日市市で育つ。45歳の若さで亡くなった。産業スパイを扱った小説などで一時代を築いた流行作家の梶山季之。しかし本流の「原爆」「移民」「朝鮮」に投じた彼の眼光と功績は流行りの作品の影に隠れてしまっているかも知れない。
| 名前 |
梶山季之文学碑 |
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| ジャンル |
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| HP |
http://tomura.lolipop.jp/9/906/07.kajiyamasueyukibungakuhi.htm |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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待ち合わせの場所としても目立ちますね。