平将門の霊が宿る神社。
将門大明神 (将門神社)の特徴
平将門の三女が建立した歴史ある神社です。
お社の彫刻が素晴らしく趣が感じられます。
龍光院の隣に位置し、静かな雰囲気があります。
手賀沼のほとりにある平将門ゆかりの神社。正確には将門の娘によって建立されたもの。近くの「アビコン」には将門麦酒も販売している。また喫煙者にもやさしいのがうれしい。神主も気さくな方で由来について教えていただけた。
R8.1.28参拝 御朱印があるとは知らず早朝お参りさせて頂きました。案内がありお隣の龍光院さんで授与しているとの事なのでまた御朱印を頂にお参りさせて頂きたいと思います。
沼南地区には将門伝説があり、それにまつわる所がいくつかあります。龍光院さんが管理していると思われますが、ボランティアの方が御朱印対応して下さいました。
手賀沼を外周し将門通りの看板を曲がると神社がありますが、とても道幅狭く急坂です。駐車場は屋根があり3台まで停めることが出来そうです。境内は静寂に包まれており、向かいの建物からお経が聴こえて雰囲気の良い神社ですねぇ。
将門マサカドは自ら新皇と名乗り王城を柏市の大津に定めようとしたという説があります。千余年前 優れた英知で北は北海道から西は広島辺りまで改革、戦乱の時代で人々から慕われ将門様の力で平定をと。特に関東一円には将門伝説が至る所にあって、柏のお年寄りは今でもキュウリを食べません。ショウモン様の御紋に似ているからだそうです。確か九州の人も同じことを言ってた?!
【巡礼/将門伝説探究vol.2】◉寺社 将門大明神 📍千葉県柏市平将門を祭神とした由緒ある神社「将門神社」を探究しました。9時3分に将門大明神から龍光院へと向かいました。⛩️将門大明神(将門神社)☆御祭神平 新王将門☆御由緒桓武天皇を祖として父、平良将と共に下野国相馬郡岩井村に居住し地域の発展に尽力し信望を集めました。風早村大井将門山に出🏯、布瀬高野に高野御殿を築いたとされる。律令制から荘園制への領土問題より上総国(千葉県市原市付近)、常陸国(茨城県全域)と争いが起きました。京都朝廷より将門追討の命を受けた藤原秀郷や平貞盛と戦い天慶3年(940年)2月14日流れ矢が当たり討ち死。平将門死後すぐに将門の三女に当たる如蔵尼が父の霊を御神体として祀ったのが創始とされている。現在の本殿は安政6年(1859年)に再建され記念の木札7枚を保存。千葉常胤が祖先の将門公を偲んで社殿を復興させた伝説もある。将門神社の社名は日本中唯一にして当社のみ。🍙境内説明板を参照☆境内社鹿島神宮☆平将門延喜3年(903年)生まれが有力とされている平安時代中期に関東地方を支配した豪族。元は平氏親族間の対立から始まり、度重なる戦に連戦連勝、国府をも襲撃し印鑰(国印と国倉の鍵)をも奪い天慶2年(939年)12月19日に新皇(新しい天皇)を名乗り、更に関東の国司をも勝手に任命し、他に類を見ない独立国家を僅かな間ですが築き上げました。従兄弟である平貞盛と藤原秀郷との戦いに敗れ、天慶3年(940年)に討ち死したとされている。◉感想岩井地区の中心に位置し同じ境内にある「龍光院」も将門に深く所縁のある寺院となっています。最寄り駅からは距離があるので駐車場がある事から車での参拝がおすすめです。将門大明神へと入る道は「将門通り」と名前があり、入口には看板があるのでそれを目印にして向かいましょう。駐車場は将門大明神一ノ鳥居道路向かい側に龍光院さんと併用の3台位停める事ができる駐車場があります。本殿の胴羽目は透彫の木造彫刻となっており、「放駒」将門公の用いた紋や流れ矢に右目を射抜かれて亡くなった将門に倣ったとされる「隻眼の人物像」などが巧みな技法で彫り抜いてあり、見応え満点で素晴らしい造りとなっています!脇障子に彫られた「巨霊人」や「玉巵」や基壇の彫物もなかなかな物です。御由緒には「如蔵尼」とあるが一説になると次女・春姫がこの地に隠れ住み「如春尼」と改め一族の菩提を弔ったともされている。賽銭箱には平将門の家紋である九曜紋は平将門の末裔とされている「相馬氏(中世の柏市の一部を含む旧相馬郡を支配していた)」や「千葉氏(将門と同じく桓武天皇の血を引く下総国の国司)」も使用しています。北総地域には多くの将門伝説が残されていますのでこれからも探究して行こうと思います。ありがとうございました。◉所在地千葉県柏市岩井425◉アクセス🚊JR東日本常磐線/我孫子駅南口から4.4Km、徒歩1時間6分位。
平将門公(903~940年)を御祭神とする神社で、10世紀後半に将門の三女・如蔵尼が父の霊を鎮めるべく当地へ祠を祀って創建したのが始まりとされ、正徳2(1712)年に拝殿が造営、安政6(1859)年に再建されたのが現社殿(本殿)とされ、総欅材・寄棟片流造・破風構え神社造で各壁面には精巧な彫刻が施されています。本殿彫刻には、戦で不本意にも流れ矢に右目を射抜かれ即死した将門に倣い、右目が未完成の『隻眼の姫君』、巧みな騎馬戦術で敵を蹴散らした関東馬で将門公の用いた紋とされる『放駒』を観察することができます。平将門公に深く所縁があり隣接する龍光院とセットで参拝(詣)しました。鳥居南側に屋根付きの駐車場があります。
202307201488年に平将門の三女によって母方の故郷のこの地に将門を祀るために建立された神社⛩️建物自体は1800年代に再建されたものらしいです。木造の本殿の彫り込みが秀逸でかなり興味深いです✨となりのお寺の敷地にに隣接する形なのですが、参道が反対側に隣接する青年館の軒先を通る感じで、とても面白いです😊
公的機関が、もう少しきちんと管理すれば、素敵な観光地になると思います…将門関連は、あちこちに散らばってるので…いっその事宮内庁がサポートしてあげられないのかな。平将門ファンは全国に多いだけに、朽ち果てる前のサポートが必須ですね~。そうじゃないと、加藤が暴れ出てきますよ!
| 名前 |
将門大明神 (将門神社) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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お寺と隣り合わせで駐車場は向かいの屋根下に小さく駐車場と書いてあります。お寺の先進むと狭くなるので要注意。