『西御門は法華堂の西方の地を謂う。
かつての姿のわかるものは看板のみでした。
『西御門は法華堂の西方の地を謂う。
大蔵幕府西門の前面に当れるを以て此名あり。
報恩寺保壽院高松寺来迎寺等此地に在り。
今、高松来迎の二寺を存す。
大正十五年三月建 鎌倉町青年団』と書いてある。
「以前は寺が4つあったが今は、高松寺と来迎寺の2つ」となっているが、現在残されているのは来迎寺のみ。
高松寺は、この碑の出来た6年後の昭和6年に、宮城県栗原市に移転し、現存しない。
旧高松寺山門は、現在鎌倉山の蕎麦店「檑亭(らいてい)」に移築されている。
鎌倉幕府の西側門があったと考えられている。
そもそも鎌倉幕府の位置を示す痕跡はない。
西御門と唯一地名が残っている。
隣側が ゴミ置き場になっていました。
鎌倉時代に凄く歴史的由緒ある地の石碑🌿🌿🌿
西御門は、法華堂の西の方の土地を言います。
大蔵幕府の西門の前面に当たるため、この名前が付いています。
この地域には、報恩寺、保寿院(ほじゅいん)、高松寺、来迎寺等がありました。
現在は来迎寺のみが存在しています。
大蔵幕府の遺構もなくその当時この場所付近が幕府の中心地だったことがわかる石碑です。
西御門旧跡碑。
かってあった大蔵幕府の西門跡。
名前 |
西御門旧跡碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.2 |
鎌倉幕府の西之門があったという石碑ですいつもの鎌倉青年団記載の仮名文字で読みにくいのでお隣に小学生がわかりやすく説明文を添付してますと思ったら無し(笑)