明治維新を先駆けた人物が祀られています。
清河八郎は、『西遊草』 吉田松陰は、『東北遊日記』 同い年で、1830年(天保1年)庚寅(かのえとら) 生まれ。
『西遊草』清河八郎旅中記 東洋文庫140 平凡社編訳者 小山松勝一郎(おやまつ かついちろう)大正元年山形県生。
山形師範学校卒(昭和7年)山形県立酒田西高等学校教諭。
山形 庄内地区の英雄 いや新しき日本の礎を築いた英雄 清河八郎先生の偉大足跡がここ記念館で確認ができます!いかに当時の鎖国した日本が世界に遅れをとっているのか?弱体化していた徳川幕府?未来の日本行く末を語り合う清河八郎先生はじめとする交遊関係!是非ご来館の上ありし日の活躍をご覧ください!
念願かなって来訪。
電車でのアクセスは厳しいので隣の狩川駅からタクシーを利用しました。
館内には清河八郎にまつわるありとあらゆるものが所蔵されてます。
流星剣も個人所蔵の方がお持ちですが、まだ残っているというのは驚き。
幕末の志士、清河八郎の人となりを知ることが出来ました。
清河神社も敷地内にあり、静かな環境です。
記念館は小規模ですが、わかりやすく解説してある掲示物や中身の濃い展示物を見ることが出来ます。
女性職員の方にお茶🍵をごちそうになりました。
また、詳しい説明をしていただきました。
自転車を借りて、北楯大堰沿いをサイクリングしました。
帰りには、館長さんに清川駅まで自家用車で送っていただきました。
ありがとうございました。
新撰組好きな人は聖地と言うべき資料館。
ただ、展示史料がマニアック過ぎて?逆に印象に残りにくいと思う。
なぜ逃亡していたのか?新撰組に関わった功績とは?のバックグラウンドがないと、ちょっと分かりにくい。
それに対して小学生?が作ったと思われる、清川の闘いのジオラマはわかりやすいと思う。
戊辰戦争の数少ない幕府側の勝利、すなわち無敵ともいえる庄内藩の活躍や、西郷隆盛との関係など、清河八郎とは違う部分が印象に残りました。
また、この建屋は昭和40年頃の講堂っぽい感じがして、これも興味ぶかいです。
ようやく来れた清川八郎記念館。
西国巡りの豪遊も素封家だからできたし、新撰組結成も知恵と鍛えた剣と小判でまとめた坂本龍馬みたいなお人。
加茂水族館の閉館時間が押し迫ってきたので、場所を確認して再訪することにする。
しからば御免!☆ 悪役扱いを受ける人は地元では善き人なの吉良上野介でわかる。
歴史認識と判官贔屓の違いだな。
足利尊氏も然り。
口のうまい策士など、一般的にあまり良くない清河八郎のイメージが払しょくされます。
魁、回天・・新選組、新微組・・戊辰戦争、彼がいなければ歴史はどうなっていたんでしょうね。
ここのホームページ気合すごいです。
名前 |
清河八郎記念館 |
---|---|
ジャンル |
|
電話番号 |
0234-57-2104 |
住所 |
|
営業時間 |
[火水木金土日] 10:00~17:00 [月] 定休日 |
関連サイト | |
評価 |
3.6 |
冷房はありません。
貴重な資料はたくさんありました。
近くにある黒塀の立派な民家が資料館かと思っていました。