1830年(天保1年)庚寅(かのえとら) 生まれ。
貴重な資料が展示されていて満足でした。
あまり良いイメージのない清河八郎ですが「回天の門」を読むとイメージが変わります。
回天の門を読んでから行くことをおすすめします。
受付の方は、とても気さくに話し掛けてくれて、楽しく見学させて頂きました。
とても良かったです。
冷房はありません。
貴重な資料はたくさんありました。
近くにある黒塀の立派な民家が資料館かと思っていました。
清河八郎は、『西遊草』 吉田松陰は、『東北遊日記』 同い年で、1830年(天保1年)庚寅(かのえとら) 生まれ。
『西遊草』清河八郎旅中記 東洋文庫140 平凡社編訳者 小山松勝一郎(おやまつ かついちろう)大正元年山形県生。
山形師範学校卒(昭和7年)山形県立酒田西高等学校教諭。
清河八郎先生の生き様を感じられます。
是非大河ドラマにしてほしい!!
貴重な史料が展示されてます。
「清河八郎傳」現代誤訳・「庄内町史資料清河八郎関係書簡一~六全巻購入🎵
山形 庄内地区の英雄 いや新しき日本の礎を築いた英雄 清河八郎先生の偉大足跡がここ記念館で確認ができます!いかに当時の鎖国した日本が世界に遅れをとっているのか?弱体化していた徳川幕府?未来の日本行く末を語り合う清河八郎先生はじめとする交遊関係!是非ご来館の上ありし日の活躍をご覧ください!
念願かなって来訪。
電車でのアクセスは厳しいので隣の狩川駅からタクシーを利用しました。
館内には清河八郎にまつわるありとあらゆるものが所蔵されてます。
流星剣も個人所蔵の方がお持ちですが、まだ残っているというのは驚き。
幕末の志士、清河八郎の人となりを知ることが出来ました。
清河神社も敷地内にあり、静かな環境です。
記念館は小規模ですが、わかりやすく解説してある掲示物や中身の濃い展示物を見ることが出来ます。
時間をかけて見ていたら係の方に八郎愛あふれる説明をいただき(おそらく普段はしてない)勉強になりました。
ありがとうございました。
女性職員の方にお茶🍵をごちそうになりました。
また、詳しい説明をしていただきました。
自転車を借りて、北楯大堰沿いをサイクリングしました。
帰りには、館長さんに清川駅まで自家用車で送っていただきました。
ありがとうございました。
3連休初日3時頃来館。
ちなみに我ら夫婦のみ‼️
新撰組好きな人は聖地と言うべき資料館。
ただ、展示史料がマニアック過ぎて?逆に印象に残りにくいと思う。
なぜ逃亡していたのか?新撰組に関わった功績とは?のバックグラウンドがないと、ちょっと分かりにくい。
それに対して小学生?が作ったと思われる、清川の闘いのジオラマはわかりやすいと思う。
戊辰戦争の数少ない幕府側の勝利、すなわち無敵ともいえる庄内藩の活躍や、西郷隆盛との関係など、清河八郎とは違う部分が印象に残りました。
また、この建屋は昭和40年頃の講堂っぽい感じがして、これも興味ぶかいです。
清河八郎ゆかりの品々が多数展示されており、小規模ながら見応え充分です。
ようやく来れた清川八郎記念館。
西国巡りの豪遊も素封家だからできたし、新撰組結成も知恵と鍛えた剣と小判でまとめた坂本龍馬みたいなお人。
加茂水族館の閉館時間が押し迫ってきたので、場所を確認して再訪することにする。
しからば御免!☆ 悪役扱いを受ける人は地元では善き人なの吉良上野介でわかる。
歴史認識と判官贔屓の違いだな。
足利尊氏も然り。
明治維新を先駆けた人物が祀られています。
彼が歴史に登場しなかったら、新撰組も設立されなかったと思うと、不思議な気持ちになります。
素朴な作りです清河八郎がここの出身とはしりませんでした。
北辰一刀流の免許!はじめて見ました。
清河先生のものです。
口のうまい策士など、一般的にあまり良くない清河八郎のイメージが払しょくされます。
魁、回天・・新選組、新微組・・戊辰戦争、彼がいなければ歴史はどうなっていたんでしょうね。
ここのホームページ気合すごいです。
坂本龍馬の北辰一刀流目録のレプリカがありました。
なんでも鑑定に清川八郎の目録を使ったようで。
名前 |
清河八郎記念館 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0234-57-2104 |
住所 |
|
営業時間 |
[火水木金土日] 10:00~17:00 [月] 定休日 |
関連サイト | |
評価 |
3.6 |
周辺のオススメ

入館料が400円とお高め。
家族4人で1600円。
入口まで来て中を覗いたが、薄暗く人の気も感じられない雰囲気・・・。
秋の行楽日よりの休日でしたが、他のお客も皆無。
結局、入館せずに隣りの神社に御参りして帰りました(^_^;)