山寺薬師このパワースポットを是非とも。
山寺薬師の水が、頂けます!勝手は修験道の地だったようです。
熊に注意と立て看板があるのでご留意してください。
山寺薬師このパワースポットを是非とも。
209段の階段は おらみたいな 中年にはまだまだ 鍛練だす ビール ばっかり 飲んだくれてないで 登りましょ☺️💦 登った先には 良いことあるぞ的なね。
ウォーキング企画があり参加。
丈ヶ山登山口。
風情のある杉並木の階段を登ると、一見何ともないお堂、でもその扉を開けると立派な仏像があり素晴らしいです。
延命清水がこんこんと湧く。
この場所でこの本尊の素晴らしさとは、ビックリする。
私の不思議チップスサイトに掲載されているように、この薬師の近くには飲用の小枝「えめいの清水」があります。
(原文)As posted on my wonder-tips site, you will find a drinkable sprig, Enmei no Kiyomizu, near this Yakushi.
こんな山の中の何もない所に!209段の石の階段を登ると、何とりっぱな仏像が3体も安置されているではありませんか!やすらぎ荘に行ったついでに寄ってみてはいかがでしょうか。
名前 |
山寺薬師 |
---|---|
ジャンル |
/ |
電話番号 |
0255-78-2141 |
住所 |
|
評価 |
4.6 |
山寺藥師は8世紀の奈良時代に山岳仏教の地として山寺三千坊(現在の上越市板倉区東山寺から猿供養寺周辺一帯)が建立され、背後の丈ケ山(たけのやま)が信仰の対象となりました。
しかし、鎌倉時代初期の正治2年(1200)に鎌倉幕府侍所別当を勤めてた梶原景時が幕府主流派から追放されると、景時の庇護を受けていた越後国の豪族・城長茂(城氏は桓武平氏の一門で景時とは同族)が建仁元年(1201)に京都で挙兵。
幕府と対立します。
(建仁の乱)越後国でもこれに連動して鳥坂城(胎内市)に城氏一門が立て篭もり幕府方の佐々木氏の軍勢と戦います。
城氏一族である板額御前が奮戦するも幕府軍に破れ越後氏は滅亡。
山寺三千坊も越後城氏に味方した為に焼き討ちに遭いました。
室町時代初期の明徳5年(1394)と応永2年(1395)に豪族・三善讃阿(親鸞の妻・恵信尼の実家・越後三善氏と同族)が仏像三体を寄進しました。
これが現在の山寺薬師堂にある薬師如来坐像・釈迦如来坐像・阿弥陀如来坐像です。
昭和52年(1977)に新潟県指定文化財になりました。