途中の尾根筋か狭く、防御性はよさそう。
小雨でしたが眼下に見える景色は綺麗でした。
2022年11月紅葉を求めて訪問🍁この場所を知ったのはツーリングまっぷるに紅葉マークがのっていたからとりあえず近場でディープスポットな紅葉をみたかったので行ってみた🏍️予想通りマイカーな場所で大満足✨バイクを停めてからしばらく登山道みたいな道を歩いて展望台らしき場所に到着🥾そこまで登りはキツくないが履き物には気を付けた方がよいですね景色が良かったのでお菓子とコーヒーを絶景を見ながら飲み食べしました✌️紅葉はちょっと早かったかな😅
高山本線を走る列車を俯瞰で撮影するために訪れました。
こぢんまりした城跡ですが、遊歩道もちゃんと整備され、展望台も木陰を残しつつ、飛騨川を渡る列車が見やすいよう配慮して伐採されていました。
途中の尾根筋か狭く、防御性はよさそう。
その分、山頂部も狭いが。
城に関する説明板は全くない。
上からの眺めはよいので、ハイキングの途中で立ち寄る感じかな。
景色がとてもよいです。
景色最高良い。
ブラボー。
道の駅 美濃白川「ピアチェーレ」から自転車で来ました。
10分もあれば着くと思います。
途中少し坂があり道も狭いですが、通行量が少ないので走りやすいです。
舗装林道から自転車を置いて少し歩くと飛騨川と高山本線が見えて景色も良く鉄道ファンには良い撮影スポットに到着。
幹線道路から離れた場所にあり分かりにくいですがその分景色が良いです。
車から降りて少し歩く必要が有ります。
五分もかからない距離ですが急な斜面で舗装されていませんのでスニーカーで行きましょう。
登った先には飛騨川やJR高山線が見渡せます!
1573年苗木遠山氏に攻められ落城。
本能寺の変が1582年。
その後1583年東美濃平定を狙った森長可に攻められ、奥方が斬り殺され飛騨川に投げ捨てられた。
これが本当の話だと思われる。
森長可は残虐な所業を他にも多く行っている鬼武蔵とも言われる武将だったようだから、お方岩の話は、飛騨川に投げ捨てられことまでは十分あり得る話だと思う。
翌1584年、森長可は小牧長久手の戦いで徳川家康に敗れ戦死。
景色が良い!
木曽川と高山線の鉄橋が素晴らしいです。
景色が素晴らしい。
野原城は外部からの侵攻を防ぐとりでとして1470年に安江光菴の手によって建てられましたが、1573年苗木の遠山勢の侵攻(森武蔵守長可)によって落城。
野原城は安江長政の子正常が守っていましたが、その時の落城の様子が野原城の悲話として残っています。
野原城主の安江正常は勇名高い森の軍勢に攻め立てられ、城を捨てて程近い岩くつに逃げ延びましたが、奥方は軍兵に捕らえられ、その場で切り裂かれ飛騨川に投げ込まれました。
3日後、傷だらけの死体は下手の岩にひっかかり晒されましたが、里人は敵のとがめを恐れて手をくだすこともできませんでした。
腐り果てた死体は飛騨川の激しい流れにもまれ、ちぎれちぎれになって流れ去ろうとしたが、岩に引っかかったまま残ったと言われています。
お方さまの執念がこりかたまったかのように。
体が二つに分かれた石が「二つ岩」、七つに分かれてひっかかった岩が「七つ岩」、腕が引っかかった岩が「腕岩」、ももが引っかかった岩が「股根岩(ももねいわ)」と今でも残っています。
野原城は今では石垣が少し残るだけですが、白川町出身の安江繁樹さんの呼びかけと、地主・地元の熱心な協力によって「野原城址」の記念碑が建設され、近年ではウォーキングコースが出来たり、少しずつ訪れる人が増えています。
(白川町史より一部抜粋)
野原城は外部からの侵攻を防ぐとりでとして1470年に安江光菴の手によって建てられましたが、1573年苗木の遠山勢の侵攻(森武蔵守長可)によって落城。
野原城は安江長政の子正常が守っていましたが、その時の落城の様子が野原城の悲話として残っています。
野原城主の安江正常は勇名高い森の軍勢に攻め立てられ、城を捨てて程近い岩くつに逃げ延びましたが、奥方は軍兵に捕らえられ、その場で切り裂かれ飛騨川に投げ込まれました。
3日後、傷だらけの死体は下手の岩にひっかかり晒されましたが、里人は敵のとがめを恐れて手をくだすこともできませんでした。
腐り果てた死体は飛騨川の激しい流れにもまれ、ちぎれちぎれになって流れ去ろうとしたが、岩に引っかかったまま残ったと言われています。
お方さまの執念がこりかたまったかのように。
体が二つに分かれた石が「二つ岩」、七つに分かれてひっかかった岩が「七つ岩」、腕が引っかかった岩が「腕岩」、ももが引っかかった岩が「股根岩(ももねいわ)」と今でも残っています。
野原城は今では石垣が少し残るだけですが、白川町出身の安江繁樹さんの呼びかけと、地主・地元の熱心な協力によって「野原城址」の記念碑が建設され、近年ではウォーキングコースが出来たり、少しずつ訪れる人が増えています。
(白川町史より一部抜粋)
名前 |
野原城址 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト |
http://kankou.town.shirakawa.gifu.jp/study_01_mk_nowarajyo.htm |
評価 |
4.3 |
この地域の風景が好きで、時々来ます。
白川茶の茶畑が広がっていて、とてものどかな雰囲気です。
麓にある昔の城下町は、日本の原風景という感じがします。
この城が落城した時、城主の妻が敵に捉えられ、八つ裂きにされて、麓の飛騨川にうち捨てられたと言う逸話があります。
そんな逸話も、この地域の神秘性を高めています。