県道沿いの駐車場の向い側の登城口から距離600m,...
県道沿いの駐車場の向い側の登城口から距離600m,比高差200mの登りになります。
最初に目にする遺構として石垣や大手門跡があります。
さらに進むと開けた場所の御殿跡に着きます。
ここから山頂まで400m,途中に眺望の良い所もあります。
残り120mからは急登坂になります。
山頂には不等辺六角形で穴蔵を備えた天守台があり、現在は城山神社の祠が祀られています。
山頂と麓の石垣が素晴らしい山城でした。
登山道は整備されていますが、険しい道もありますので気を付けて下さい。
ちょっとした登山気分で山城攻頂上には石垣自然の石を土台に浪漫を感じます山城好きには頂上からの景色も最高。
城跡マニアには垂涎の史跡です。
小里城は、瑞浪に拠点を置いた土岐氏の一族が、鎌倉時代末期にココ稲津に土着し小里氏を称して治めた城です。
城山山頂に在る山城と、麓にある御殿場からなる典型的な中世城郭で、山城のある頂上までは細い尾根状の登城路のみの非常に堅牢なつくりになってました。
頂上まではほぼ急な登りのみで、約600mの登山と思って登ったほうが良いです。
登城路の両端は切り立った深い谷になっており、樹木が無ければ足がすくむほど高い場所にあります。
山頂の本城には約30分かかって辿り着きましたが、疲れが吹っ飛ぶほどの見事な石垣が出迎えてくれました。
昭和53年に詳しい発掘調査があったようで、織田信長が1575年に築きかけたまま未完成に終わった不等辺6角形の半地下状の石垣が天守台のように遺る城跡です。
天守台のまわりにはおそらく破却した石垣の石が散乱し、往時の規模が想像できます。
半地下状の天守台は小規模ながらぐるっと上を歩け、一見櫓のような構造に興奮しました。
小里城址登城口の道路を隔てた反対側に広い無料駐車場がありますのでそちらに停めゆっくり登城楽しんでください。
石垣や門の跡など遺構がしっかり残っていて見応えがあります!登城しながら当時の姿を想像するとワクワクします!案内もわかりすく、整備もしっかりされていて迷うこともありません。
写真を撮りながらじっくり散策して、1時間ほどでまわれます。
少しの体力が必要です。
駐車場は、登城口の道を挟んで反対側にあります。
広いです。
御城印は、きなぁた瑞浪で買えます。
2023年4月2日に行って来ました。
行き方Googleナビて小理城跡駐車場へセットすると行けます。
駐車場専用駐車場有り感想本丸跡残り120くらいから登りはきつくなるので休み休み自分のペースで行く事を勧めます。
人気のハイキングコースらしく、年配のご夫婦やご家族連れが何組も登っていました。
駐車場の登り口から約30分の登山になります。
登山道なのでそれなりの靴を履かないと滑ります。
登ってすぐ大手門と御殿跡の石垣があり、お城の雰囲気が漂いますが、後は天守跡の近くまでほとんど山登りです。
ただハイキングコースだけあって、歩きやすいです。
巨石がゴロゴロしてきた頃、東屋が見えて天守跡に到着します。
東屋に天守の想像図があり、安土城のモデルとのことですが、私には石垣が小さくあまり想像できませんでした。
積み直したような石垣の中に小さなお社がありました。
裏手にも登山道がありましたが、山頂の天守まで登った達成感で足取り軽く登ってきた道を帰ってきました。
ちなみにグーグルナビで城趾を目的地にすると、度々違う場所に案内されますが、こちらもそうですので、登山道入口か駐車場を目的地にしたほうが良いですね。
2度目の登城。
○。
今回は東砦から登城し堀切を確認。
曲輪多数。
帯、腰曲輪、堀切あり。
主郭付近に巨石が多数あり。
こじんまりした天守台(石垣)。
また行きたい。
行きの坂がとてもきつかったけど上り詰めてみてすごいいい景色が見れて降りる時は本当ちょっと楽しかったです😁雨や雪の日には足元に気をつければ難なく登れますね😁
10/16訪問登山道は整備されて、とても登りやすい。
城跡には石垣の遺構あり、よい雰囲気だ。
少し瑞浪市の景色を楽しめる。
石垣と石積みが素晴らしいです。
城跡好きな方は必見です。
山の上の石垣は戦後青年団で築いたものだと言う‼️小里氏の菩提寺興徳寺がある❗
🏯小里城は土岐氏の支流小里氏代々の居城となった山城です☀️30分弱で登れるハイキングコースになっています🅿️🚗駐車場は、登城口の向かいに10台位停められます🏯小里城は、土岐氏の支流である小里出羽守光忠が天文元年(1532年)頃に築城し、以後代々の居城となったと言われる山城で、城山の山頂と北西山麓に石垣や曲輪などが残ります。
元亀3年(1572年)11月武田勢の美濃侵入により岩村城が武田方に属すると、小里氏は明智影行らと共に織田方となって参戦しましたが、12月の上村合戦では、嫡男の光次が討ち死にしました。
天正2年(1574年)武田勝頼が🏯明智城を攻撃すると、織田信長は小里城🏯神篦(こうの)城(鶴ヶ城)の改修を命じ、小里城には池田常興を配しました。
翌天正3年11月岩村城は織田信忠を大将とする織田勢の攻撃で落城し、武田氏の勢力は一掃されました。
このように小里城は、天下統一に力を注いだ信長の「天下布武」の足跡を示す城跡として、また中世から近世初頭の城館構造を良好に残す城跡として岐阜県の史跡に指定されています。
素晴らしい山城。
道の途中には木の根っこや岩、石などが行く手を阻む堅牢な城。
歩みを止めずに、12分で登りきれた。
頂上はそれなりに広い、景色はあまり見えないが、あまり知られていないのが惜しい。
武田と織田の勢力がぶつかる地域にある山城跡。
小学生低学年でも登れて、達成感も味わえます。
石垣や堀切が残っていて城好きも楽しめます。
岐阜県指定史跡小里城跡小里光忠が天文3年(1534年)に築城。
元亀3年(1572年)武田氏の部将秋山虎繁(信友)が美濃に侵攻し岩村城を落とすと小里光忠・光次父子は織田方として戦ったが討死。
(上村合戦)その後小里城に池田恒興を城番として置き、城の改修を行ったとされる。
しかし工事の途中、織田信忠によって岩村城の奪還に成功したため、中止となったという。
現在小里城は県指定の史跡で、本丸曲輪跡と北西山麓の御殿場跡と呼ばれる居館跡、及びその東側の尾根上の東砦跡からなり近世初頭の城館遺構が良好に残存していることなど貴重と言えます。
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中世の山城ですが、天正年間に織田家によって改修され大規模になっています。
さらに、江戸時代初期の陣屋になったため、下に御殿や政庁の跡があります。
小里城は、土岐氏の支流である小里出羽守光忠が1532年頃に築城し、以後代々の居城となったと言われる山城です🙌小里城は織田信長が「天下布武」の足場を示るす城郭として、また中世から近世初頭の城館構造を良好に残す城跡として岐阜県の史跡に指定されてます😄ハイキングコースになっており、自然と城跡を楽しむことができます。
石垣があちらこちらにあるので見てて楽しいです😊道は整備されてますが登山用の装備で登ることをオススメします😊・駐車場小里城登山口の向かいにあります。
※複数台停めれます。
・トイレトイレはありません。
・その他マムシと藪蚊に注意(夏場)付近に商店などはありません。
土岐一族小里氏の山城です。
遺構も多く石垣、堀切、本丸に続く尾根の切岸、本丸石積みや散乱した石が城址としての趣きを感じる。
山城なので滑りやすい。
特に山頂に近づくと急斜面で要注意。
専用無料駐車場あり。
瑞浪に来て、はじめて行きました。
道は整備されて、歩きやすいです。
途中の景色が良い。
神社がありましたので、お賽銭入れてお参りしてきました。
天気が微妙でした。
整備が行き届いていました。
足場が悪いので気をつけて登りましょう。
土岐氏庶流、小里氏が築城。
織田氏による美濃岩村城攻略の為の拠点として池田恒興が入る。
水車の大きさは、圧巻で周りの景色もいい感じです。
標高404m、比高177mで岐阜県史跡。
2回目登城なので無料パンフに載ってる搦手道に挑戦。
天守台裏から適当にソロリソロリと四つんばいで崖をつたうアドベンチャー♪崩れてるけど何とか下りると大堀切(^o^ゞその先の小曲輪からはかなりのヤブ。
踊り場なる削平地までは行けず..(;_・)信長が直接指図したとの説がある石垣を散策するのが至福♪o(^-^o)(o^-^)o安土城のモデル説などもあって戦国妄想がとまらない山城(’-’*)♪
登るとそこそこしんどい。
入口が分かりにくいので注意。
道路を挟んだ向かいに乗用車が数台止められる程度の駐車場があります。
道中はけっこう急坂が続きますが、休み休み登っても30分くらいで着くと思います。
体力が必要ですが素敵な所です。
道を整備されれば皆様が楽しめるようになると思います。
名前 |
小里城跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
4.2 |
周辺のオススメ
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2024年6月12日 ルートもわかりやすく良い山城でした。
三十分位で登城出来ます。
安土城のルーツかもわからない半地下構造を見れたのは登った甲斐がありました。