川の端に南方面を向いて鎮座しています。
風が気持ち良かった。
神社の裏に道祖神があります。
となりの、倉渕英語村からは子供たちの元気な声が聞こえてきて、懐かしい気持ちもになりました。
静かな田舎に鎮座しています。
古い街道に沿って鎮座していますので、昔を偲ぶ事が出来ました!無人の神社でしたが風情のある神社でした(^.^)
川浦諏訪神社(堀ノ沢諏訪神社)高崎市指定重要無形民俗文化財 川浦諏訪神社の獅子舞諏訪神社に奉納する舞楽で4月の春祭に奉納されています。
舞歌の中に「キョウデウマレテイセソダチ」の歌があることから関西から信濃をへて、神社とともにこの地に伝えられたと考えられています。
演目は「宮巡り」「神楽」「天狗拍子」「浅切」「笹切」「三拍子」「歌切」「雌獅子隠し」で、舞は約4時間に及びます。
諏訪神社は元和二年(1616)、信州上田市在生島足島神社から勧請されたと伝えられています。
(高崎市公式HPより)倉渕の各所に諏訪神社やお諏訪さまという呼称で祭っているところがありますが、これはかつて諏訪信仰が全国的に拡がった時代の名残りと見られます。
諏訪信仰のもとは長野県諏訪の諏訪大社で、祭神は建御名方命と八坂刀売命の二神です。
建御名方命は大国主命の子で、出雲の国から諏訪に来てここに長くとどまったと古事記に記されてあり、その子孫である諏訪氏によってまつられたといいます。
その民問信仰には時代によって変遷があり、大昔は狩猟神として崇敬され、農耕時代に入ると農業神、そして武家時代になるとさらに武神として全盛をきわめました。
この諏訪信仰は全国的であり、分社は北海道から鹿児島まで五千余社もあります(『世界大百科辞典』武田政一)諏訪神社は、川浦堀ノ沢の諏訪神社のように明冶年間に村社に指定されたものや神社統合で別のところに合祀されたもの、或いは小さな祠として存在しているものなどいろいろです。
(サイト「倉渕の神社・もろもろの神仏」より)境内左後方に文化元甲子年(1804)の双体道祖神、安政二年(1855)の産泰社石祠などがあります。
拝殿両側面にある脇障子には大黒様や福禄寿の彫刻がなされています。
石棒と双体道祖神。
名前 |
川浦諏訪神社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
027-374-9058 |
住所 |
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評価 |
4.3 |
川の端に南方面を向いて鎮座しています。
日当たりはよい。