赤岩登山口の入り口にある遺跡です。
潜龍院跡(古谷館跡) / / .
静かな場所で、石積みが館跡です。
広い草原です。
真田が、武田勝頼を迎えて武田再興の場所でした。
2022/11/6この石垣はお寺の遺構かもしれないが、ここに勝頼を迎え入れようとしたことには違いない。
もしここに勝頼が来たいたらと考えると感慨深い。
標高515m、国道から比高120m岩櫃山登山の古谷🅿️駐車場にはトイレに自販機🧃もある館跡まで歩く🏃と説明板があった石垣が残ってる🏯♬周辺は広場だったりする🏕️岩櫃山の岩が間近でみれるトコロ⛰️
真田昌幸公が、織田、徳川、北条連合軍に攻められ滅亡に瀕した、武田勝頼公を此処に迎え匿うために、急遽、造られた御殿の跡です。
しかし、真田昌幸公の願いも空しく、家臣に反対された武田勝頼公は、止む無く小山田氏の居城の岩殿城を目指しましたが、途中、小山田氏の裏切りに遭い岩殿城入城を果たせず、織田軍の滝川一益公らに追い詰められ、天目山で嫡男の信勝公、正室、一族と共に自刃して武田氏は滅亡しました。
草原のような場所 見上げた岩櫃山が凛々しい。
広場です。
簡易トイレですが綺麗にされてます。
赤岩登山口の入り口にある遺跡です。
特に何もないです。
岩櫃山への登山道が一部、通行止めになっています。
山頂からの画像掲載して見ました‼登山できますが険しい崖や鎖場登りため登山装備が必要です。
山頂からの景色は綺麗ですが足元は垂直の崖です、近くで転落事故もあるようです❗登山経験を積んで挑戦して下さい。
確か大河ドラマ真田丸のオープニング画面に出てました‼一瞬ですけど。
郷原駅から徒歩で20分弱ぐらいかと思います。
ここからの景色もいいです。
勝頼が此処に来ていたら歴史はどうなったか?殿と櫃の一字違いで大きく変わったのだろう。
のどかで落ち着けますね。
思っていたよりもかなり広い。
立った状態で3千人は収容できるのでは?
郷原駅から徒歩🚶片道約20分くらいでつく潜龍院跡(古谷館跡)、古谷集会所に駐車場とトイレがあります、そこから歩き🚶になり、坂道なので少々、疲れますが、看板があるので、道成に行けば辿り着きます、館があった場所なのでかなり広い場所で石垣が残っています、岩びつ山がそびえ立つ所に館あった想像できます、館前の広い場所には、どでかい岩があり、物見に使っていたのでは、と思います、武田勝頼公が岩殿城では、なく、岩びつ城に来ていたなら、武家としての武田家は、滅んでいなかったのでは、そんな事を思いながら、見学していました。
キツネノカミソリ見頃でした。
屋敷の跡地なので、たいらで開けている場所です。
途中の道が狭いので車は行けません!登山口の駐車場に止めてください。
僅かに石垣が残るのみでした。
屋敷の跡地なので、たいらで開けている場所です。
途中の道が狭いので車は行けません!登山口の駐車場に止めてください。
我が家の本家。
西暦1582年(天正10年)3月、真田安房守昌幸が敗走する武田勝頼を迎え、武田家の再興を図るために構築した館の跡です。
しかし、武田勝頼は当地に落ち延びることなく、天目山で自刃しました。
名前 |
潜龍院跡(古谷館跡) |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
評価 |
4.0 |
簡易トイレ以外、何もないただの広場ですが、岩櫃山の景色が抜群に良いです。