名前 |
八幡宮 |
---|---|
ジャンル |
/ |
電話番号 |
0270-65-2305 |
住所 |
|
評価 |
3.0 |
御祭神 品陀和気命若宮八幡宮は高崎市の東端、群馬の森南東の烏川左岸の崖上の八幡原町若宮という地域にあります。
その歴史は、源頼朝に所縁のある神社で、三大八幡宮の一社である鶴岡八幡宮から分社をしたそうです。
所在地である八幡原町若宮にも深く関わっており、若宮という地名は神社の名から起こったものであり、八幡原の方も大字名として八幡宮からとったものです。
敷地内には神楽殿があり、そこでは四月・十月に八幡宮の例祭として、国の五穀豊穣、家内安全を願い、また伝統を保存するために太々神楽という舞を保存会の方々が行っております。
(JAたかさき・支店からあれこれより)八幡原大和舞太々里神楽八幡原太々神楽は、若宮八幡宮の春秋例祭の一環として始まりました。
大正12年3月15日の春祭りに初めて奉納され、地元はもとより滝川地域の大きな行事として親しまれてきました。
伝来を遡ると、この神楽は八幡原町の対岸にある多野郡小野村立石神社(現在の藤岡市立石)に伝わる神楽を伝授されたものです。
立石の神楽はさらに埼玉県秩父郡吉田町井上の貴船神社へと続き、貴船神社の神楽は190年前頃に江戸神楽の流れとして伝えられたといわれています。
この神楽も時代と地域の生活様式の変化に流され、昭和40年代後半から徐々に衰退し、後継者難とも相まって活動中止となりました。
しかし、滝川地区や町内の皆さんの応援により、平成5年の春祭りから復活。
活動を継続していくために保存会を発足させ、会員を中心にその活動を継続し、地域に伝わる伝統芸能の伝承に努めています。
(ぐんま地域文化マップより)若宮八幡宮社殿背後は古墳です。
円墳で径20m、高さ3m。
若宮古墳群は、井野川と烏川の合流点左岸の段丘縁に分布しています。
5世紀後半の初期群集墳と6世紀後半以降の横穴式古墳とから構成されており、それ以前は墓域を含む集落域だったようです。
(埼群古墳館より)