ブラタモリで、タモリさんが来たそうです。
札幌開祖 吉田茂八碑 / / .
雪に埋まり一段二段高くなっている広場の一角にあります。
また訪れたいと思います。
ベンチに座って、お茶を飲んでいたら❗目の前に碑が立っている🙄誰だろう…❓ 簡単に言うと😃創成川の南3条~6条を、作った人❗吉田堀と、言われていた😃碑のギリギリの所に、柵があるので、読むの大変😩札幌市長 板垣武四書 久しぶりに、板垣市長の御名前❗ 昔~地下鉄乗るのに、歩いていたら😃知らないおじいちゃんに「 おはようございます 」と、声を掛けられて😨❗ビックリ‼️市長さんでした😃
豊平川対岸の志村の標識と比べ、石碑が 小公園の中にあり。
来訪者の休憩所もある。
豊平川の橋のたもとのロケーションもよい。
副読本では、札幌開祖で必ず名が挙がる。
①志村鐵一とともに札幌の開祖とされる。
②碑文より→吉田茂八は南部に生まれ安政二年亀谷丑太郎に従い渡道し 同四年石狩調役荒井金助の命により 豊平川右岸の渡守志村鉄一の話相手として左岸の渡守となり札幌開拓に寄与した先住者である。
資性温厚にして豪胆狩猟を得意とし後年創成川の南三条より南六条に至る間の掘割工事を請負う。
これを吉田堀とも言う。
地域住民吉田翁の功績を讃え後世に伝えるべくこの碑を建立する。
ススキノ交差点を東の方に10分くらい歩いたところにあります。
豊平川のすぐそばです。
かなり狭い公園?というかベンチがある狭い場所にあります。
特に観光地という感じでもありませんが、この辺りに大きなホテルがあったり、ススキノから近かったり、民泊の場所が結構あったりするからか、観光客の方々が割と多いです。
地元民は雪がないうちは、少し休憩することもおるかと思います。
近くに普通の公園(新渡戸稲造記念公園)もありますが、こちらは大きな道沿いにあるので見つけやすいです。
吉田茂ではなく吉田茂八という人がいるんだなと知ることができますが、特に詳しい説明の看板とかはないので、自分で調べることになります。
ここは静かな場所でじっくりと観察ができてを手を合わせたくなる気分になるよ。
札幌の歴史を知っていなくても「札幌開祖」とあるのでだいたい分かる。
さて札幌には確かもう一人開祖的な人がいたように思うが、どこで知った話だったか…。
しかしこの碑、もう少し説明を加えることはできなかったのか?なぜこの人がここに碑を建てられることになったのかを、ここで知らせなければならないと思う。
橋のたもとにある小さな公園にひっそりある石碑です。
当然ながら冬は雪に埋まってます。
ブラタモリ札幌編によると幕府により置かれた渡し守さんの家があったそうです。
明治元年の地図には豊平川を挟んでモ八さんと鉄一さんの二軒しか載っておらず、アイヌ以外の和人は7人しかいなかったそうです。
150年でこんな大都市になるとは…と原野と川しかなかった頃に思いを馳せました。
初めて札幌に住んだ和人の記念碑です。
ブラタモリの札幌編にもチラッと出てましたが、観光地ではないです。
幹線道路にはさまれた空き地のような公園でした。
悪い所じゃないのですが。
扱いがさびしい・・・
ブラタモリで、タモリさんが来たそうです。
名前 |
札幌開祖 吉田茂八碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
評価 |
3.9 |
過去2回訪れました。
また行きます。
次回伺うときには対岸の志村さんのところにも挨拶に行きたいと思います。
志村鉄一さんの話し相手が茂八爺さんの御役目でしたものね。